世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2905
世界経済評論IMPACT No.2905

半導体サプライチェーンの地政学:『半導体戦争』の著者が何を語ったのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.04.03

 米中による半導体競争が激しさを増している。半導体の製造は台湾に集中していることから,台湾有事が発生した場合,世界に与える影響は非常に大きい。スマートフォン,パソコン,自動車,家電などに必要とする半導体は,私たちの日常生活に欠かすことができない。しかし,半導体は地政学に関わる懸案と絡む事態に発展し,状況は複雑化している。

 半導体の歴史を描いた米国際史家で,タフツ大学フレッチャー法律外交大学院国際歴史学准教授のクリス・ミラー(Chris Miller,以下,ミラー)の近著『半導体戦争:世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(千葉敏生訳,ダイヤモンド社,2023年)が注目されている。米中の半導体競争を描いたことで,ビジネス書籍部門のベストセラーになり,フィナンシャル・タイムズの「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2022」を受賞した。同書は日本語訳,中国語訳なども出版された。3月,ミラーは台湾を訪問。講演会に参加したほか,TSMC(台湾積体電路製造)の創業者の張忠謀(モリス・チャン)と会談,テレビのインタービューも受けた。本稿では,台湾・三立テレビの司会者・黄寶慧(以下,黄)によるインタービューの概要を紹介する(三立獨家專訪"晶片戰爭"作者米勒!張忠謀稱美砸錢拚晶片大國"太天真" 米勒點台積電"這優勢" 晶片戰.動全球 台定位能靠"矽盾"重新改寫?|黃寶慧 主持)。

  • 黄:『半導体戦争』は世界でベストセラーになった。台湾は世界一の半導体の生産基地であることから,将来の情勢と今後の行方を知りたい。高著を拝読し,半導体は世界で最も重要な産業になっていると改めて理解したが,日本経済新聞社の記事に「半導体は世界の秩序を破壊している」と指摘された。この考えに同意するか。
  • ミラー:ここの数年,日米欧諸国と中国の政府は,半導体産業を政治的事案と関連付け注目するようになった。これは過去にはなかった現象である。各国とも半導体産業や電子産業を地政学や国家安全保障の課題として考えるようになった。世界の大国は,半導体サプライチェーンの再構築を政治的と戦略目標に合わせるようになった。
  • 黄:半導体製造は,多くの国の企業によるサプライチェーンに依っている。米商務長官のジーナ・レモンドは,「アメリカは半導体製造での自給自足を達成することは永遠にできない」と認める。しかし,半導体サプライチェーンには中国も含まれているが,アメリカは中国の先端半導体製造への関与をどう扱うつもりなのか。
  • ミラー:アメリカの半導体戦略は2つの面から見ることが出来る。先ず,アメリカとそのパートナーである日台韓の技術力は中国よりも優勢を保ち,今後も持続することができること。次に,最も困難な懸案事項であるが,電子産業や情報産業のサプライチェーンでは中国が大きな比重を占めることから,安定した供給を確保するには,適切なバランスを保つ必要があるということだ。それは経済効果とコスト面からの評価で決まる。一方,国家安全保障面からこれを評価する場合,自国の電子企業が中国での組立・製造に過度に依存している時は,それから脱却させる必要がある。つまり,中国に代わる製造拠点を他国に見出すなど,新たな方法でバランスを保つことである。こうした行動が必要となるのは,電子製品でも低水準の半導体が使われる電子機器である。
  • 黄:アメリカのニュースメディア『ポリティコ(Politico)』の最近の報道によると,米下院議長(当時)のペロシが昨年8月に訪台し,モリス・チャンと面談した際,彼女に対し「アメリカが大金をかけて半導体産業を掌握できると考えるのは稚拙だ」,「アメリカが信頼できる半導体産業を真に得たいのであれば,台湾の安全保障に続けて投資すべきだ」,「台湾はアメリカが求める能力を既に持っている」と述べた。モリスの考えに同意するか。
  • ミラー:多くの理由から,アメリカは台湾の安全保障に投資すべきで,それは既に半世紀以上継続している。半導体は多くの理由の中の一つだが,最も重要なことは,半導体サプライチェーンの構築の時に直面する課題にどう向き合うかだ。現在の半導体産業における台湾の役割は既に大きく,特にTSMCの役割は中心的な地位を占める。他の企業にTSMCと同様の先端的な地位を期待することは難しい。企業は常に熾烈な競争に晒され,市場シェアだけでなく,技術も優先的な地位も奪取の対象になる。また各国の政府は,自国の企業が最先端の技術を掌握できるように,一定の役割を演じている。TSMCは世界の半導体産業において増々重要な役割を発揮するだろう。
  • 黄:過日,世界半導体会議(WSC)の合同運営委員会(JSTC)が中国厦門で開催された際,米国の半導体工業会(SIA)も代表を派遣した。アメリカは半導体サプライチェーンから中国を排除することができるのか。
  • ミラー:アメリカは中国を半導体,電子製品のサプライチェーンから完全に排除するつもりはない。アメリカの戦略を詳しく見ると,中国が低水準半導体を大量に持つことを容認している。事実上,中国の半導体産業は,低水準の半導体で発展してきたし,今後も中国が低水準の半導体で大きな市場シェアを持ち続けることについてアメリカだけでなく,日本,台湾,欧州も容認している。中国の今日の半導体産業におけるポジションは,こうしてできたと説明することができよう。もちろん,中国製の半導体に過度に依存することが良いかについては疑いがあるし,今後中国政府が半導体企業に大規模な補助金を出し,より高度な半導体を製造しようとするのであれば,アメリカは挑戦を受けるだろう。しかし,今の時点で「中国の半導体サプライチェーンの地位を完全に排除すること」はアメリカの戦略が描く姿ではない。
  • 黄:台・中間の緊張状態が今後さらに高まった時,人々は半導体産業を“シリコン・シールド(シリコンの盾)”と見なし,中国からの攻撃を防ぐことができると考えている。本当に半導体産業は,台湾を防衛できるのか。
  • ミラー:台湾の安全保障で最も信頼できるのは,第一に台湾自身の国防軍事力であり,その次がアメリカの軍事力である。アメリカは中国の圧力から持続的に台湾を防衛している。それは半導体が発明された1950年以前から続いている。1950年代の中台両岸は第一次,第二次台湾海峡危機で軍事的緊張情勢が高まった。しかし,台湾海峡で中国が軍事力を増強しない最大の理由は,中国の指導者が武力行使による負の影響を恐れたためであり,経済的要因ではない。
  • 黄:台湾の企業は,ミラー准教授の「半導体戦争」に注目し,また大変重要な内容と考えている。台湾企業はどんな役割を果たしたらいいのか。
  • ミラー:この質問は非常に重要である。多くの台湾企業は有事に慌て,為す術がない状態と思う。過去5年間に,半導体産業は地政学上の議題にあがり,多くの企業は,それによってもたらされる予想外のコストに対応しなければならない。新しい法と輸出規制により,多くの企業はやむを得ず,製造・組立の生産ラインを中国から他の拠点に移転するだろう。こうした影響は増える一方で,減少することはない。米中は,それぞれが自国の政治的利益にマッチするサプライチェーンを構築することを試みている。
  • 黄:『半導体戦争』を執筆する前から,地政学的議題に発展すると予見できたのか。
  • ミラー:『半導体戦争』を書くと決めたのは,世界中が半導体に依存する度合いが高いにも関わらず,それを生産できるのは限られた国の限られた企業でしかないためだ。半導体が簡単に入手できると考えるのは危険だ。一般の消費者に半導体産業を説明した後,彼らはやっとこの事実を意識し始める。世界経済や国際政治の構造分析の中心に,半導体産業を置くことで課題を読み解く必要がある。
  • 黄:あなたの洞察力と見識が世界の半導体産業の発展に有益であることを期待し,今回の対談に感謝の意を述べたい。
[参考文献]
  • クリス・ミラー著,千葉敏生訳『半導体戦争:世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』ダイヤモンド社,2023年
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2905.html)

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