世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
少子化と大学教育の職業的意義
(明治学院大学国際学部 教授)
2023.04.03
少子化は日本の大学教育のあらゆる側面に影を落としている。若年人口が減少する中,最近は私立大学だけでなく,国公立大学も総合選抜型入試などの名目で秋口から入学者の青田刈りを行うようになった。全国の大学が受験体制に入る前の高校生を囲い込むのだから,学力も学ぶ決意も乏しい大学生が増えるのは当然である。
若年人口の減少は大学生の専攻にも大きな影響を与えている。かつて大学の学部と言えば理系は医学部,理学部,工学部,農学部,文系は法学部,経済学部,商学部,文学部と相場が決まっていた。しかし最近は○○教養学部や国際○○学部,総合○○学科など,何を学ぶのかよく分らない学部や学科が増えている。
こうした学際的な学部の増加は一面では大学が社会の複雑化に対応しようとした結果だが,主たる理由は別のところにある。少子化と進学率の上昇が同時に進行する中,入学前に専攻を決めることができない若者や体系だった学問についていけない若者が急増した。しかし大学にとってはそうした若者も大切なお客様なので,彼(女)らのニーズに合う学部や学科が必要になったのである。
若年人口の減少は大学生の就職にも大きな影響を与えている。その一つは企業が新卒者の採用選考を行う時期がどんどん早まっていることである。あまりにも早く内定を出してしまうと大学の勉強はどうでもよいと言っているようなものなので,以前は多少なりとも遠慮する雰囲気があった。しかし最近は大企業ですらインターンシップなどの名目で学生を囲い込むことを躊躇わなくなっている。
最近,新卒者にもジョブ型雇用を適用してプロ意識を持たせるべきという声が強まり,職種別の採用を行う企業も出てきている。しかしこうした採用が増えていることには別の理由もある。日本の新卒一括採用は特別なスキルや経験を持たない若者を最初から正社員として採用してくれるありがたい慣行だが,その代わり雇主が入社後の配属や職務に関して幅広い裁量権を持つことでバランスがとれていた。
しかし最近はやりたい仕事しかやりたくない,入社後の配属や業務が分からない会社は怖いので就職したくないという学生が増えている。それでは虫が良すぎる気がするのだが,新卒者の獲得競争が激化する中,採用側もそれなりの対応をせざるをえなくなってきている。
ではどの大学で何を学んでも若者の将来は安泰かというと,もちろんそうではない。以下で述べるように,どのような大学で何を専攻するかは様々な経路を通じて就職やその後のキャリアに影響を与えている。
第一に,当たり前のことだが,勤務条件の良い大企業への就職者が多いのは今も昔も偏差値の高い有名大学である。今日の企業は大学の名前だけで採用するようなことはしなくなっているが,有名大学の学生はやはり優秀だし,そうした学生達に囲まれて四年間を過ごすことの効用は大きい。
第二に,大企業の技術職を目指す場合,単に優良大学の理工系学部を卒業するだけでは十分でなく,少なくとも修士課程まで進学する必要性が高まっている。その背景には,企業の研究開発が高度化する一方で製造現場の国外移管が進み,生産管理やそれに類する業務が減少したことがあると思われる。
最近の日本では「リケジョ」が少ないことが問題視されている。しかし過去20年間に全国の大学の(医歯系を除く)理系学部を卒業する女性が約7,000人増えたのに対し,男性は19,000人近く減少している。また,理工系学部を卒業して大学院に進学する人は男女ともに増えているが,進学せずに大学の専攻と関係のない仕事に就く人も増加している。学力や動機が不十分な若者を人為的に理系分野に誘導しても,ついていけなければ本人にとっても社会にとっても無駄になってしまう。
また,文系なら専攻は何でもよいかというと,必ずしもそうでもない。企業が文系学生の専攻に大した関心を抱いていないことは事実だが,コロナ禍の下でも就職が比較的堅調だったのは商学部や経済学部の学生である。これは彼(女)らが大学で学んだ特定の知識やスキルが評価されているからではなく,他学部に比べてビジネスや就職への関心が強い学生が多く,そうした仲間と感化し合うことの効果が多少はあるからだろう。
一方,○○教養学部や国際○○学部,総合○○学科などの卒業生の就職状況は見劣りする。コロナ禍でこれらの学部・学科の卒業生が苦戦した理由の一つは外国に関心のある学生が希望する旅行やホテル,エアライン会社などが採用を停止したことだが,それだけが原因ではないようである。大学入学時に専門分野を決められずに学際的な学部に進学する若者は卒業後の希望も曖昧なケースが多く,そうした学生に囲まれているとそのまま就職活動の時期を迎えてしまいやすい。
○○教養学部や国際○○学部のもう一つの特徴は女子学生が多いことである。これは男性に比べて女性の中に他人とのコミュニケーションに関心を持つ人が多く,それが外国語や外国の文化への関心にも繋がっているからだろう。こうした学生は就職の際も接客の要素が強い業種や会社に惹かれる傾向がある。これは工学部を卒業してエンジニア職に就く人の中に男性が多いのと同じことなので,周囲がとやかく言うべきことでないかもしれない。しかし対人サービス業の待遇や社員定着度が他の産業に比べて見劣りすることは事実である。一部のエリート大学を別とすると,今日の日本では女子学生の比率が高い大学の方が入学時の偏差値が高い傾向があり,専攻によらず女子学生は男子学生に比べて留年率や中退率も低い。すなわち能力は高いわけであり,それが卒業後のキャリアや所得に十分に反映されないのではもったいない気がする。
外国でも男性と女性の間で大学の専攻や卒業後の進路に関する違いは見られるが,日本ではそれが顕著である。その理由を日本に根強い性別役割意識や性差別に求める人が多いが,それだけが理由でないかもしれない。
日本では同じ正社員でも業界や企業の規模によって生涯の平均賃金が大きく異なる。しかし最近でこそ変化の兆しがあるものの,入社時の待遇は横並びであり,採用選考時にスキルや経験をうるさく問われることも少ない。また,採用選考の入り口が完全にウェブ形式に移行したこともあり,出身大学によるあからさまな差別はご法度になっている。
このような状況において,高校生が将来のキャリアを考えて慎重に進学する大学や専攻を選択する動機を持ちにくいのは当然である。その結果,高校時代のちょっとした得手不得手や漠然とした好みによって進学先を決め,入学後も自分と似た友人に囲まれて視野が広がらないまま時間を過ごしてしまうことになりやすい。
日本人には変に上品なところがあり,今日でも大学進学をあからさまに仕事や収入と結び付けて云々することが憚られる雰囲気がある。しかし進学は個人にとっても社会にとっても将来への投資であり,目的が不明瞭な勉強が迷走しやすいことも事実である。若者には事実を事実として正確に伝え,それでは自分はどうしたいのかを早くから真面目に考えるよう促すべきではないだろうか。
*本稿テーマに関連する詳細な論考は,「有名企業への就職者が多いのはどのような大学か」(世界経済評論インパクトプラス No.23)を参照ください。
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