世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2892
世界経済評論IMPACT No.2892

「九州先端情報クラスター」形成:日本の30年低位安定均衡を崩壊へ

朽木昭文

(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)

2023.03.20

1.韓国産業政策の半導体投資30兆円規模

 「国家先端産業ベルト」構築のために半導体はじめ15の「国家産業団地(国立の工業団地)」候補地を選定し,全国土をバランスの良い先端産業基地に造成する。韓国ソウル近郊の首都圏内に300兆ウォン(30兆円超)規模の世界最大の「先端システム半導体クラスター」を構築する(注1)。産業政策の重点企業(ピッキング・ウナー)は,サムスンである。

2.低位安定均衡の崩壊条件とは

 ブレークダンスという種目が2024年のパリオリンピックで正式競技となった。これは,Breakin’(ブレーキン)とも呼ばれる。これには2つの意味がある。かつては非正統的されたダンスがオリンピックで採用されたこと,また「崩壊」というBreakが使用されていることである。

 さて,かつて経済学で経済成長論が隆盛を極めた1960年代をゴールデンエイジと言った時期があった。その際に経済成長の「安定均衡」の条件を導くことが,経済学研究の主流であった。

 ところが,1990年以降30年間の日本停滞の後,低位安定均衡を「崩壊」(Break)させる条件は何かが問題となった。キャッチアップで成功した型をBreakし,発想の転換を図る方法を日本は見失った。こうして100年に一度のコロナ禍とロシアのウクライナ侵攻が重なったこの時期に,イノベーションの大合唱が始まった。

3.TSMCによる「九州半導体集積」

 熊本県には2019年2月時点で輸送用機器関連会社と電子デバイス・半導体関連企業がそれぞれ21社,33社立地した(注2)。2021年10月に台湾企業TSMCが熊本進出を発表し,半導体工場が菊陽町に建設される(注3)。その発表以降で30社超の企業が集積した。2026年度までに約50ヘクタールの工業団地が菊陽町の近くで整備される予定である(注4)。2022年7~8月の調査によれば,全国の半導体関連企業およそ5300社のうち81社が熊本市内に工場進出や事務所移転を希望している(注5)。

4.「集積」から「クラスター」へ

 産業集積は1つあるいは複数の企業が集まることである。藤田(2003)によれば,産業クラスターは,産業集積においてイノベーションが活性化されることである(注6)。したがって,日本は「クラスター」を形成する条件を整備することが課題となる。

 第1に,産業集積形成の条件とは,日本のデッドロックの低位安定均衡を崩壊(ブレーク:Break)させることである。具体的には,他ではできない代替性の低い異質財・サービスを生産することである。このスイッチが,熊本に建設中の「半導体産業集積」である。

 第2に,クラスター形成のマスター・スイッチは,「人材の育成・招致」と「ファンディング制度の整備」の2つの条件整備である(Fujita and Thisse(2003)の理論モデルを基にしたKuchiki(2021)の計量分析)(注7)。発展段階別に基礎研究,応用研究,「製品研究」のそれぞれの段階で2つの条件整備がイノベーションのために必要である。

 ところで,コロナ禍で再認識されたことは,人と人のフェース・トゥー・フェースのコミュニケーションの重要性である。山極壽一京大名誉教授によれば,顔ではなく目の「アイ・トゥー・アイ」のコミュニケーションである(注8)。これはパソコン会議では実現できない。したがって,人と人の集まる「クラスター」が必要となる。そして,アイ・トゥー・アイがイノベーションにつながる。

5.モノづくりから「サービス」へ

 Industry 4.0下で,先端情報技術は半導体産業に始まる。日本に優位性があるのはIoTである。伝統のあるモノづくりからソフトウェアの「サービス」とつなげる。イノベーション活性化が期待される。モノづくりを生かし,「サービス」へ飛躍する。

 熊本は,台湾企業のTSMCがアンカー企業となり,その関連企業が集積する。集積は集積段階に止まってはいけない。集積地での共同開発により「クラスター」の形成につなげる。特に,製品開発の段階において,「サービス」とつながるための条件整備が必要である。

 九州先端情報クラスターの重点は,「人材」と「ファンド」の整備である。まず人材である。海外に流出した人材の還流も含めて世界からのスカウトも不可欠である。日本で一番欠けている多様性,外国人材のスカウト組織の形成である。それは,日本が30年停滞の低位安定均衡を崩壊(Break)させるラスト・チャンスである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2892.html)

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