世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2881
世界経済評論IMPACT No.2881

第十四期全人代「政府工作報告」を読み解く

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.03.13

 3月5日から10日間の日程で開始された第十四期全国人民代表会議(以下「全人代」)の目玉の一つは李克強総理の最後の仕事となる政府工作報告である。本コラムではこの内容と意味するところについて読み解いてゆく。

 政府工作報告の着目点は3つある。一つ目は配布された原稿の字数17,300の中で,過去5年間の成果について述べたのが14,000字であり,第十三期の報告(15,400字中過去の成果が3,800字)と逆転したことだ。また,実際の演説では過去の成果に当たる部分の1,300字が読み飛ばされた。李克強総理はもはや過去の人であり,ゆえにその成果についてもすべて語る必要はなかったのだろう。党内序列第二位の李克強総理をはじめ,同じく三位の故春華副総理,四位の汪洋政治協商会議主席といった共青団のホープは昨年10月に開催された第二十回全国党大会においていずれも無役となることが決まった。2017年から始まった習政権による共青団に対する締め付けにより,団員数は,2012年のピーク時の8,950万人から2021年には7,370万人へと1,600万人も減少している。共青団は習総書記が率いる共産党の付属組織となり,自律性を完全に失ったと言える。

 二つ目は,2023年の経済成長目標が5%前後という幅を持たせた表現になっていたことだ。この理由は3つあると思う。すなわち,①米中対立激化に伴うデカップリングの影響,および600社を超えた制裁対象企業の業績への影響,ウクライナ戦争の影響といったリスクを織り込んでいること,②コロナ新株ウイルス発生,あるいは鳥インフルエンザのヒトーヒト感染といった新たなパンデミックリスク,および今年発生すると予測されているエルニーニョ現象に伴う異常気象発生の可能性を踏まえていること(ちなみに全人代出席者は,メディア関係者も含め毎日のPCR検査を義務付けられている),③世界経済の下振れリスクを織り込んでいることである。中国の輸出額は今年の1~2月前年同期比6.8%落ち込んだ。昨年12月の9.9%の落ち込みに比べれば改善されているものの,状況は楽観できない。なお,新たに首相に選任された李強氏の執政初年度にあたって過度にプレッシャーをかけないという「配慮」もあったのかもしれないが。

 三つ目は,軍事予算が7.2%の伸びを示していることだ。中国の軍拡は続いているとの報道が支配的だが,これを鵜呑みにしてはならないと思う。装備費だけでなく人件費や福利厚生費の伸びも考慮しておくべきである。習政権は過去10年間に渡って腐敗撲滅キャンペーンを続けているが,政権発足時腐敗が顕著だったのが軍である。汚職摘発だけでなく待遇改善も腐敗防止に役立つとの判断から,軍の待遇改善や様々な追加手当の付与が行われてきた。中国の軍事予算に占める人件費は2020年で29.7%にのぼる。忘れてはならないのが,中国の軍事費拡大がソ連崩壊以降,西側諸国の軍備が縮小する中で実施されたことである。ドイツの場合,物的軍事力はこの30年間で1/3に縮小した。したがって,相対的に中国の軍事が急拡大している印象が先行してしまう。軍事力をこの30年間維持してきたのは,イラクやアフガンなどで戦争を続けてきたアメリカのみだろう。2020年について見ればアメリカの軍事費のGDPシェアは3.5%,一方,中国は1.7%である。中国の通常兵器は非常にお粗末だったし胡錦涛政権までは軍事よりも経済発展が優先されてきた。世界第二位の経済大国としてそれにふさわしい軍事力を持つというのは怪しむべきものではない。これが脅威になりつつあることは間違いないものの,徒にこれを煽ってはならない。

 なお,3月10日,習近平国家主席の三選が全人代で可決された。これに合わせて翌11日,国家副主席(韓正氏),国務院総理(李強氏),副総理(丁薛祥氏),国務委員(何立峰氏,劉国中氏,張国清氏,吴正隆氏,諶貽琴女士,泰剛氏,李尚利氏,王小洪氏)が選任された。国家主席,副主席,そして全人代委員長(趙楽際氏)の選出はいずれも全会一致だったが,これは2003年の第十期全人代以来初めてのことである(但し,李強総理の場合,反対3票,棄権8票だった)。ちなみに習近平氏が国家副主席に選任された2008年の第十一期では,反対票が45票投じられた。

 国務院の執行人事について,習政権はイエスマンで回りを固めたとの説もあるが,そうではないだろう。むしろ,信頼できる「仕事人」で固めたと見るのが現実的だと思ういかに能力があっても信頼できる人物でなければ,仕事を任せることはできない。李克強総理は習国家主席にとってはライバルだった。これらの最高幹部は習氏の意向に唯々諾々と従うというよりも,彼の信頼を背に能力を発揮する機会と場を与えられたと見るべきと思う。14億人の人口と世界第二位の経済規模を持つ「発展途上国」である中国を統治するにはやはり相応の能力と経験が求められるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2881.html)

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