世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2854
世界経済評論IMPACT No.2854

「ポストコロナ」に備える世界経済の行方

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2023.02.13

生態系の保持,中国の人口減,そしてインフレと物価高への対処

 三年余にわたって猛威を振るったコロナに転機が訪れようとしている。完全に終息するわけではないが,ワクチンの開発が進み,政府の行政指導も軌道に乗り,人々の日常的な対処も習熟してきたこともあり,比較的安定した小康状況が続いているように思われる。もちろん油断は禁物で,より一層有効な対処法の開発が大いに期待される。

 ところで突然のコロナの襲来は世界経済と人々の暮らしに計り知れないほどのインパクトを与えた。その一つは世界の人口動態の変化である。最近,世界の人口が80億(国連推計,2022年11月)を超えたとの報道がなされた。近代化とともに,世界の人口は右肩上がりに上昇を続けてきたが,とりわけ,第二次大戦後は旧植民地の政治的独立と途上国経済の建設もあって,先進国ではむしろ人口の停滞ないしは減少気味なのに反して,新興国・途上国での爆発的な人口増加が続いてきた。コロナの襲来は人類に未曾有の人口減の労苦をもたらしたが,それも死者の多くはアメリカ,ヨーロッパなどの先進諸国に集中していて,途上国・新興国での被害は,少数の例外はあるものの,より少なく,この地域での人口増加は依然として続いている。このことの意味合いは多少ミステリアスである。一般に衛生環境が悪く,ワクチン供給や治療体制の不備な途上地域での死者の増加が予想されていたが,事態はそうはならなかった。このことを考えると,日頃清潔や衛生完備を誇っている都市型先進国では突然の未知の疫病襲来に脆弱であったこと,これに反して,不衛生といわれながらも,長い間,日常的に自然と共生・共存してきた農村型の途上国では,抵抗力が体内に備わっていたとも見える。このことは「生態系」的な視野の重要性を改めてわれわれに突きつけ,自然環境を含む「地球の限界」にたいして敢然と立ち向かい,総合的で有効な対策を講じることが,緊要かつ焦眉の課題であることを物語っている。

 とはいえ,異変も起こっている。長い間世界最大の人口を誇り,急速な右肩上がりの経済成長を続けてきた中国で61年ぶりの人口減が起こり,インドに1位の地位を譲り渡した。中国の人口減は今後も続くと予想され,そうすると,世界経済の牽引者としての役割の後退が起こり,少子高齢化という先進国病の洗礼を受け,またコロナ禍の影響も加わって,やがては「未富先老」に陥るのではとの悲観的な観測もでている。先進国の低成長を尻目に,中国は世界経済の成長を牽引してきたが,「中国製造2025」が掲げる,近い将来アメリカに匹敵する生産能力を獲得するという目標にも一抹の不安がよぎることになりかねない。異例の三期目に突入した習近平政権は鄧小平の「先富論」を修正して「共富論」を掲げて中国の成熟化をアピールしているが,それが頓挫してしまうと,強権的な政治体制にもひび割れが生じ,政治的な混乱に陥ることにもなりかねない。

 コロナ禍は日常生活に打撃を与え,とりわけ消費が冷え込んだため,コロナの沈静化は一転して消費需要の急拡大を促している。そしてそれを見込んで一斉にモノの値段が高騰してきている。インフレと物価高の襲来である。とりわけ我が国では円安の追い打ちをかけられ,グローバリゼーションの波に乗って海外からの素材輸入に依存してきた付けが一挙に噴出したかたちで,未曾有の物価高に見舞われている。それでなくても人減らしと非正規雇用の常態化し,労働をもっぱらコストとみなして,それが同時に需要を生む力にもなるという側面を軽視しがちな企業サイドの志向が横行している。それでは国民の日常生活はさらに悪化していくことになろう。発想の転換を政府は強く誘導すべきである。

 翻って経済学はその始まりから社会的富の形成と人口問題を重要な要素として取り扱ってきた。前者はアダム・スミスに,後者はロバート・マルサスに代表されるものである。だが資本主義の発展に伴って,生産力の向上とその基礎になる技術進歩にもっぱら注意が注がれ,人口は生産力の担い手としての労働力として主要には扱われ,人口問題をそれ自体として深めることが後景に退けられてきた。だが実はこの問題は奥深いものである。人口の基礎には家族の形成や家庭内での構成員の地位,端的には家父長制と女性の忍従如何があり,それは民族や国家の形成に繋がり,そしてグローバル下での巨大都市の形成と移民を生み,異文化の混成による文化的アイデンティティの保持につながる。そうすると,人口論は経済学はもとより,社会学,文化論,言語論,ジェンダー論,政治学,そして場合によっては医学,生物学などを網羅する広大な領域を包摂し,かつ学際的で総合的な検討を要する壮大なものになって,われわれの前に立ち現れることになる。これは人間と社会の発展の中で,自然との調和を解明する学問と科学への期待を膨らませてくる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2854.html)

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