世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2832
世界経済評論IMPACT No.2832

原子力政策は本当に転換したのか?

橘川武郎

(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)

2023.02.06

既設原子炉の運転期間延長で次世代革新炉の建設は遠のく

 昨年11月,経済産業省は,原子力発電所(原発)の運転期間について,「原則40年,延長は1回に限り最長20年」という現行の枠組みを維持しつつも,原子力規制委員会による審査や裁判所による仮処分命令などで運転を停止した期間を計算から除外し,その分を追加的に延長できるようにする新方針を打ち出した。この方針は,翌12月,岸田文雄首相が主宰するGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議でも確認された。その結果,日本の既設の原子炉は,実質的には,従来の上限だった60年を超えて運転期間を延長することができるようになった。

 これにつながる動きの発端となったのは,昨年8月のGX実行会議で,岸田首相と西村康稔経済産業相が行なった原子力に関する発言である。そこで岸田政権が,原子力政策遅滞の解消に向けて年末までに政治決断が求められる項目としてあげたのは,(1)次世代革新炉の開発・建設と,(2)運転期間の延長を含む既設原発の最大限活用との,2点であった。

 このうちとくに(1)について,一部のメディアは,「原子力政策を転換したもの」ととらえ,大々的に報道した。政府が,「原発のリプレース・新増設はしない」というそれまでの方針を転換して,次世代革新炉の建設に踏み込んだものと理解したのである。

 しかし,本当にそうなのだろうか。

 結論から言えば,現時点で,「政策転換」と判断するのは時期尚早だと考える。そう考える根拠としては,第1に,誰(どの事業者)が,どこ(どの立地)で,何(どの炉型の革新炉)を建設するのかについて,まったく言及がない,第2に,肝心の電気事業者の反応が冷やかで,国内での次世代革新炉の建設について,具体的な動きを示していない,という2点をあげることができる。

 原子力政策において「次世代革新炉の建設」を行うことには意味がある。原発の危険性を縮小するからである。依存度の高低にかかわらず原子力を電源として使うのであれば,危険性を最小化することが絶対的な前提条件となる。そのためには,古い炉ではなく新しい炉を使う方が良いことは,論をまたない。

 ただし,ここでは,二つの点に留意すべきである。

 一つは,今日の日本においては,原発の新規立地はきわめて困難なので,現実には次世代革新炉の建設は既設原発と同じ敷地内で行われる点である。もう一つは,次世代炉を建設することは,必ずしも「原発を増やす」ことを意味しない点である。次世代革新炉建設の本質的な価値は危険性の縮小にあるのだから,建設を進めるに際しては,並行して,より危険性が大きい古い原子炉を積極的にたたむべきである。つまり,既設原発と同じ敷地内で行われる次世代炉の建設は,古い炉を廃止して新しい炉に建て替える「リプレース」として行われるべきであり,「新増設」という表現ではなく「リプレース」という言葉を使うべきだということになる。

 日本は,第5次エネルギー基本計画を閣議決定した2018年を転機にして,「再生エネルギー主力電源化」の方向に舵を切った。「再生可能エネルギー主力電源化」は,「原子力副次電源化」と同義である。これらの事情をふまえるならば,わが国の原子力政策の主眼は,古い炉を新しい炉に建て替える「リプレース」を進めながら,原発依存度を徐々に低下させることに置かれるべきなのである。

 現時点で,次世代革新炉の建設について,肝心の「誰が,どこで,何を」に関し,具体的な話は進んでいない。それとは対照的に,もう一方の既設原発の運転期間延長については,具体的な方針が提示された。

 これは,ゆゆしき事態である。日本には33基の原子炉が現存するが,その過半数の17基は,運転開始から30年以上経過した「延長待機組」である。これらを運転延長することができれば,電気事業者は,わざわざ1兆円規模の高いコストをかけて,次世代革新炉を建設する必要はないと考えるだろう。最近になっても,次世代革新炉の建設に電気事業者が冷やかな姿勢をとり続けていることは,その証左と言える。

 今,わが国では,原発の危険性を縮小することに逆行する筋の悪い既設原発運転延長論が幅を利かし,本来あるべき次世代革新炉の建設が後景に退くという,最悪のシナリオが進行しつつある。この流れを変えて,原子力政策を立て直すことが急務なのである。

 そのためには,国がリーダーシップを発揮して,「関西電力が(場合によっては中部電力や九州電力の協力を得て),美浜発電所で原子炉のリプレースを行い,古い加圧水型原子炉の3号機を廃止して,次世代軽水炉の4号機を建設する」というような,具体的プランをまとめあげる必要がある。あるいは,「日本原子力発電(原電)と関西電力が,空き地となっている原電・敦賀発電所の3・4号機の予定地で,電力とともにカーボンフリー水素を生産することができる高温ガス炉を建設し,あわせて水素発電を行う」という,アプローチもありえよう。これらの具体案が提示されるようになれば,その時初めて,「政策転換」が本物になったと評価してよいだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2832.html)

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