世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本社会のデジタル化と国際競争力:デジタル化の出口
(立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)
2023.01.23
20年ぶりに英国から日本に生活拠点を移し気が付いた点を本コラム前掲の「日本社会のデジタル化と国際競争力」(11月14日付,No.2748)で述べた。今回は「デジタル化の出口」について彼我の違いも含めて考察したい。
まずデジタル化の入り口と出口について簡単に触れたい。日本では菅前首相の肝いりでデジタル庁が2011年9月に設立され,日本のデジタル化推進の司令塔になっている。現在デジタル庁は,マイナンバー制度の整備や国及び地方自治体のITシステムを統一など行政手続きのデジタル化を進めている。こうしたデジタル社会を支えるITインフラ(入り口)を構築することは日本の国際競争力を高める上で非常に重要であり,変革のリード役としてデジタル庁への期待が高まっている。
他方,デジタル化の出口とは,政府がデジタル化した情報の国民(ユーザー)への提供のし方である。従来の行政サービスは対面で紙の書類を処理するアナログのプロセスが中心だったが,業務がデジタル化されると国民がパソコンやタブレット端末,携帯電話(スマートフォン)等のデジタル機器経由で政府のITシステムに直接アクセスすることになる。デジタル化により日本社会全体の効率や利用者の利便性向上を実現するためには,政府が適切なITインフラ(入り口)を構築すると同時に,利用者が容易にシステムにアクセスしスムーズにサービスを利用出来る環境(出口)を整備することが重要である。
この視点で考えると,デジタル化された政府サービスにアクセスする主要な手段になる携帯電話を多くの国民が費用を気にしないで気軽に使えるという点で,英国は日本に比べてデジタル化の出口がより整備されている。例えば英国のO2(オーツー)は,旧国営通信会社のBTが携帯電話事業を分離したものでNTTドコモに例えていいと思う。私の家族は全員O2の契約をしているが,一人当たり月額約2000円で通話とショートメッセージ(SMS)は無制限に利用可能。データは10GB使えるというものだ。普通の使い方をしていれば基本料金を越えることはなく3人家族の合計で毎月の通信費用は日本円で6000円弱である。
日本で友人に聞いてみると,月に一人当たり5000円程度の費用を払っていると聞き驚いた。最近各社から割安なプランが出てきているものの,若者から高齢者まで携帯電話をデジタル化の出口として気軽に使うためには通信料金がより下がることが重要となる。菅前首相が在任当時,携帯電話利用料金の引き下げを実現したことは高く評価されているが携帯電話を水道のように使う環境は日本ではまだ十分に整備されていない。
英国での経験を踏まえ,デジタル化の出口として携帯電話が重要になると考える理由がいくつかある。1つ目は英国では前述のように維持費が安いのでほとんどの人が携帯電話を持っていること。2つ目はデジタルのコミュニケーションツールとして人々が日常生活で携帯電話を活用していることである。英国では個人間の連絡のみでなく,コロナワクチン接種開始の通知をはじめ,宅配便の配達枠の通知,医者やレストランの予約確認,クレジットカード不正利用防止など,政府や企業とのやりとりの多くに電話番号に紐付いたSMSが使われている。以前は怪しげな勧誘等のSMSも来ていたが最近はほとんど見なくなったのでシステム側で対策が打たれているのだと思う。3つ目は本人確認の手段としての活用である。例えば英国政府のサイトで確定申告をする際にはユーザー名,パスワードに加え自分の携帯電話にSMSで送られる認証コードで2段階認証をしている。顔写真での本人確認はないが,その携帯電話を持っているのが登録されている本人と見なす割り切りがあり,これで大きな問題は出ていない。4つ目は移民・多民族社会の英国では,対面での書類ベースの事務処理業務のミスや遅れが多発するので,サービス利用者側もデジタル化を歓迎し,自ら率先して携帯電話をはじめとするデジタル機器を使っていることだ。私自身も政府機関や銀行の窓口やコールセンターで長時間待たされたあげくに担当者の事務処理のミスで手続きが出来なかったり再度やり直す羽目になるといった経験が多くあり,今ではほぼ100%ネットでの対応に切り替えている。
今後政府がいくら素晴らしいデジタルインフラを構築しても国民がそれを手軽に利用出来なければ宝の持ち腐れである。海外から見ると日本人の窓口対応は世界最高レベルだと思う。しかし,従来のアナログ対応手段を維持しながらデジタル化を進めてしまうと結果的に2重投資になり,デジタル化の本来の狙いであった効率の向上を通じた国家競争力の強化に逆行する。日本のデジタル化を今後戦略的に進めていく上では,デジタル化の入り口だけでなく出口についても英国などデジタル化で先行している他国の事例も参考にしながらあるべき姿をオープンに議論していく必要があると考える。
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