世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2784
世界経済評論IMPACT No.2784

再論・アメリカの“対中半導体規制”

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.12.12

 米商務省は,ハイスペックの半導体チップ,半導体製造設備,スーパーコンピューターなど「対中半導体規制」を発表した(詳細は参考文献を参照)。

Nvidiaと壁仭科技の対策

 ロイター通信(11月7日付)は,ファブレス(半導体設計)大手のNvidia(エヌビディア)が,米商務省の対中半導体規制のレッドラインに対応するため,中国向けの新しい半導体チップ「A800」を開発したと報じた。

 Nvidiaによると,同社の最先端のチップ「A100」と「H100」はAI(人工知能)仕様で,伝送速度は1秒当たりの600GB(ギガバイト)である。このチップは米商務省の対中半導体規制のレッドラインに抵触するため,新たに1秒当たり400GBの「A800」の開発し,対中規制レッドラインを回避し,中国市場に対応するバージョンとなっている。中国でよく使われる格言である「上(政府)に政策が提出すると,下(民間企業)はその対策を考える」(上有政策,下有対策)のように,規制に触れない製品を開発したわけだ。

 米商務省が対中半導体規制のレッドラインを決めた基準は,政府関係者と専門家が精緻な研究を重ねた結果と考えられる。商務省は,仮に中国企業が名目上は民間用と称しA100を購入したとしても,実際には軍事用(ミサイルやスーパーコンピューターでのシミュレーションなど)に転用された場合,国家安全上の脅威になり,国防上好ましくないと判断した。しかし,すべての半導体を禁輸措置にした場合,企業経営に与えるダメージを考慮し,ギリギリの線でレッドラインは策定されたと言えよう。レッドラインによる規制外の半導体チップが仮に中国で軍事用に転用された場合でも,アメリカの軍事力(ミサイルなど)で対抗することはできるかも知れない。しかし,検証の結果,レッドラインの規制以下の半導体チップが,アメリカの軍事力の脅威となる場合,このレッドラインはさらに厳しく見直されることになろう。

 中国企業の壁仭科技(Biren Technology)もレッドライン対策を打ち出した。前述のように,壁仭科技が開発した「Biren BR100汎用GPU(画像処理装置,GPGPU)」の演算能力は,NvidiaのGPU「A100」と「H100」に遜色ないレベルと言われている。この線幅7nmチップは両社ともTSMC(台湾積体電路製造)に製造を委託したものである。壁仭科技が開発した「Biren BR100」の伝送速度は640GBであり,対中半導体規制のレッドラインは1秒当たり600GBのため,TSMCは新たに開発したチップの仕様を1秒当たり576GBに引き下げた。壁仭科技は半導体製造を持たないファブレスのため,ファウンドリーのTSMC(台湾積体電路製造)に製造を委託する。TSMCは壁仭科技に「誓約書」(免責声明)を要求したとマスコミが報じたが,これに関しTSMCからは何ら報道向け発表は出されていない。

 同じく中国企業のアリババ集団傘下の子会社「平頭哥半導体(RISC-V)」は,プロセッサー開発企業である。2018年9月にアリババ集団が杭州中天微系统有限公司を買収し,阿里達磨院(2017年10月設立のアリババ集団傘下の研究実験室)のチップR&D研究業務を統合して設けた企業である(アリババDAMOアカデミー(達摩院)3年間の研究成果を振り返る)。

 社名の「平頭哥」とは,食肉目イタチ科ラーテル属に分類される食肉類「ラーテル」の中国語の名称である。「ラーテル」が社名になった由来は,ギネスブックで「世界で最も恐れを知らない動物」と書かれていたためという。2019年9月25日,この企業は,ディープラーニングのAI機能の神経回路網(Artificial Neural Network;ANN)処理機チップの「含光800」を開発したことで知られているが,米国の対中半導体規制発表後,レッドラインに触れるAIの仕様を引き下げたと報じた。

 上述した米中のファブレス企業は半導体設計のみを行い,最先端チップはその生産能力を有するTSMCとサムスン電子の2社に依存するしかない。当然,TSMCとサムスン電子は,アメリカの「対中半導体規制」のレッドラインに抵触するチップの請負製造を引き受けることはできない。規格の下方修正はファブレスとファウンドリーにとってやむを得ない苦肉の策と言えよう。

米企業の利益を犠牲しても規制を断行

 「対中半導体規制」は,特に先進プロセッサーのメモリーへの影響が大きい。アメリカの半導体製造設備企業の利益にも大きな影響を及ぼしている。世界最大の半導体製造装置製造メーカーのアプライド・マテリアルズ(AMAT)の年間売上高は約15~20億ドル減,KLAテンコールは約20億ドル減,Lam Research(ラムリサーチ)は10数億ドル減が見込まれている。

米商務長官ジーナ・レモンドは,各企業の上層部に自らの意見を述べ,対中規制に協力するように要請した。同時にレモンド長官は,オランダのASMLや日本の東京エレクトロン(TEL),スキャナー分野を製造するニコンなどの半導体製造設備企業にも協力を要請している。

 そのほか車載半導体領域で優れた技術力をもつドイツのElmosセミコンダクター(世界の電気自動車(EV)には,同社の半導体チップが1台あたり平均で7個搭載されていると言われる)は,ライバルのスウェーデン企業Silex(サイレックス・テクノロジー)から半導体ウエハー工場の買収提案を受けていた。しかしSilexは既に中国企業・賽微電子(Sai Micro Electronics)の資本参加をうける中国関連企業である。当初,この買収事案は,成熟製造プロセスの半導体ウエハー工場のため,ドイツ政府は許可をするとマスコミは伝えたが,オラフ・ショルツ独首相は訪中から帰国後,この買収提案を退けた。

 「対中半導体規制」による半導体関連製品などのサプライチェーンを中国からデカップリング(分断)させる動きが進展していることは,これらのケースから見て取れる。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2784.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム