世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2780
世界経済評論IMPACT No.2780

タイにおけるAPEC首脳会議への所感

石戸 光

(千葉大学 教授)

2022.12.12

 政府間フォーラムとしてのアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会議が2022年11月にタイのバンコクにおいて開催された。同会議では,本年の議長であるタイが掲げた「オープン(open),コネクト(connect),バランス(balance)」というテーマの下で,コロナ後のアジア太平洋地域の回復や包摂的かつ持続可能な成長について議論が行われ,ロシア(APECのメンバー)によるウクライナ侵攻をどのようにAPECとして扱うかが注目されたが,結果的にこの問題を含めた首脳宣言が採択され,同地域の持続可能な成長に関する「バイオ・循環型・グリーン経済に関するバンコク目標」も承認された。なお米国からは首脳に代えてハリス副大統領が,ロシアからはベロウソフ第1副首相が首脳会議に出席している。

 APEC首脳宣言の冒頭では,まずアジア太平洋経済協力(APEC)首脳が2022年11月に4年ぶりに対面で集まった点が強調された。また上述した本年のAPECの3つのテーマの下,APECのメンバーエコノミー(APECでは主権を巡る対立に配慮して「国」の代わりに「エコノミー(経済圏)」を用いる)が長期的な経済成長を推し進めるため,①すべての機会に開かれた,②すべての次元で連結した,③すべての側面で均衡のとれた,という3つの優先分野を推し進めることが確認されている。これは新型コロナウイルス感染症による影響からの回復を念頭に置いた経済の根幹に関わる宣言といえる。首脳宣言では,保健及び福祉を促進するための取組の強化も重要事項として謳われている。そしてこれらに続いて,「ウクライナにおける戦争」が言及され,それが世界経済に悪影響を与えていることが明記された。また「他の見解および異なる評価」もあることに触れつつも,「APECのほとんどのメンバーがウクライナにおける戦争を強く非難し,この戦争が計り知れない人的被害をもたらし,また,成長の抑制,インフレの増大,サプライチェーンの混乱,エネルギーおよび食料不安の増大,金融安定性に対するリスクの上昇といった世界経済における既存の脆弱性を悪化させている」(外務省サイトにおける仮訳より)ことが強調された。APECは基本的に経済の話題のみを扱う場であるが,経済に関連した安全保障の面に言及がなされ,ロシアもメンバーであるAPECにおいて,「他の見解」があるとしつつも首脳宣言が取りまとめられた点は特筆すべきである。(首脳宣言を巡っては,2018年にパプアニューギニアで開かれたAPEC首脳会議では,貿易・投資面での米中の対立により,初めて首脳宣言で合意できないまま閉幕したことが筆者の記憶に新しい。)

 中長期的な視点では,APEC全体の中長期的な「プトラジャヤ・ビジョン」は,貿易・投資,イノベーションとデジタル化,力強く均衡のある,安全で持続可能かつ包摂的な成長,という3つの経済的推進力により,2040年までに「開かれた,ダイナミックで,強靭かつ平和なアジア太平洋共同体とすること」を目指しているが,2022年におけるコロナ禍およびロシアのウクライナ侵攻を巡る動向がこの目標(ビジョン)にどの程度の影響を与えるか,注視していきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2780.html)

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