世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2770
世界経済評論IMPACT No.2770

水不足が引き起こす経済問題

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2022.11.28

多すぎても少なくても困る「水」

 21世紀に入って,世界で水に関する問題が増えている。過去に類を見ない洪水が各地で頻発して多くの犠牲者が出ている。ヨーロッパでは春になると雪解け水で洪水が発生することがあるが,近年は大雨による水害も発生しており,同じ地域で複数回にわたって水害が発生することもある。一方で,深刻な水不足に悩まされている地域も増えている。EUのGlobal Drought Observatory(GDO)は,ヨーロッパを中心に世界の渇水に関するデータを公表しているが,2022年はヨーロッパの広い地域で記録的な水不足が発生した。水不足がどのような問題を引き起こすのか見ていこう。

利用可能な水の減少

 水は,農業用水,工業用水,生活用水に利用される。農業用水は小麦などの農作物の生産に欠かせない。近年はヨーロッパだけでなく,オーストラリアやアメリカでも旱魃が発生している。2022年の世界的な旱魃は小麦価格上昇の一因となっている。ヨーロッパではGI(地理的表示)の取り組みを進めており,伝統的な製法や原材料の調達地域を地元に制限することで地域ブランド化を進めてきたが,2022年には牧草不足で他地域から搬入した牧草を使ってチーズ作りをすることが特例として認められた地域がある。生産継続のためには仕方がないがチーズの風味を損なう措置であり,ブランド価値を毀損する可能性がある。

 ヨーロッパではフランスなどで生活用水の利用に制限がかけられた。庭の水まきが禁止されたり,公営プールが閉鎖されたりした地域があり,市民生活に悪影響を及ぼした。

エネルギー源としての水

 風力や太陽光などの再生可能エネルギーは安定性に欠けるという問題点を抱える一方で,水力は地熱ほどではないが安定したエネルギー源だとみられていた。しかし,2022年にはノルウェーで水量が不足し,2022年1−10月までの発電量は2021年の同時期に比べてマイナス10.9%となった。月間では9月にマイナス27.4%を記録し,周辺国への電力の輸出も減少した。

 ヨーロッパでは,ノルウェーの他,アイスランド,ルクセンブルク,オーストリア,クロアチア,スウェーデン,ラトビアなどで水力発電の比率が高く,これらの国々でも水力不足が電力不足につながりやすい。

物流の停滞

 穀物や鉱物などの運搬には水路が最も適しており,海上輸送だけでなく内陸水上輸送(inland water way)も経済を支えている。2022年にはドイツなどを流れるライン川やアメリカのミシシッピ川で水位が下がり,貨物船は積載量を減らして運行せざるを得なくなった。

 積載量の低下は内陸水上輸送の物流を停滞させることになり,物資の供給不足や価格上昇を引き起こす。穀物や鉱物などの一次産品の価格上昇は,幅広い製品に波及する。

氷河喪失の影響

 水は雨だけでなく,雪からも供給される。アルプス山脈では気候変動による氷河の消失が進んでいる。スイスやフランスなどの周辺地域の水不足につながるだけでなく,白い氷河が反射していた太陽光が山肌に吸収されて温度が上昇することにより,さらなる氷河の消失や気温上昇がもたらされる。

水不足は広い地域に影響を与える

 2022年のライン川の水位低下は,アルプス山脈での降雪量の低下や初夏の気温上昇による河川などからの蒸発量の増加が影響しているとみられている。水不足は遠くの地域まで影響を及ぼす。オランダ北西部のアイセル湖は締め切り大堤防によって海水と隔てられており,現在は淡水湖になっている。アイセル湖にはライン川の水も流入しているが,流入量が減ったことで堤防の湿り気がなくなり,海からの塩分の侵入が危惧されている。アイセル湖に塩分が侵入すれば,周辺の農業や畜産業に悪影響を与える。

 これまで見てきたように,水不足は広範囲に悪影響を及ぼす。今後も水不足が頻発するとみられていることから,対策が必須である。気候変動対策は重要だが短期的な効果が見込めないことから,産業,発電,物流などの対策は気候変動対策とは別に進める必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2770.html)

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