世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2723
世界経済評論IMPACT No.2723

ガス火力発電所の次世代燃料への転換:川崎臨海部扇島地区周辺の可能性

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.10.24

 今年の7月,川崎臨海部の扇島地区周辺に立地する4箇所の火力発電所を1日で見学する機会を得た。

 なぜ扇島か。同地区に立地するJFEスチール(株)東日本製鉄所(京浜地区)が,2023年9月を目途に高炉の運転を休止することを決めているからである。首都圏の中心に位置する広大な跡地には,日本の未来を担う新産業が展開する可能性がある。そして,東京湾随一の水深22mを誇る埠頭は,高炉停止後,水素・アンモニア・合成メタンなどの次世代燃料を陸揚げするうえで,格好の条件を備えている。

 なぜ火力発電所か。扇島とその周辺の扇町,東扇島では,4箇所のガス火力発電所が操業している。これらの発電所は,現時点では二酸化炭素を排出しているが,カーボンニュートラルへの流れが強まるなかで,そう遠くない将来,そのいずれもが,カーボンフリーの次世代燃料への転換を進めることが見込まれるからである。

 つまり,川崎扇島周辺の火力発電所群は,わが国におけるカーボンフリー火力の展開を牽引する蓋然性が高いのである。石炭火力のアンモニア転換については,日本の他地域でも先進事例がみられるが,ガス火力のゼロエミッション化に関しては,川崎の扇島周辺がフロンティアになるだろう。高ぶる気持ちで見学に臨んだ背景には,このような事情が存在する。

 最初に訪れたのは,扇町地区にある川崎天然ガス発電(株)である。「川天」の愛称で知られる同社は,ENEOS51%,東京ガス49%出資の合弁会社である。天然ガスを燃料として使用するガスタービンと,排熱を回収利用して動かす蒸気タービンとを組み合わせたコンバインドサイクル方式で発電することにより,最高57.6%の高い熱効率(低位発熱量ベース,以下同様)を実現する。1,2号機の合計出力は84.74万kW。天然ガスは,東京ガスの扇島LNG(液化天然ガス)基地,およびJERAの東扇島LNG基地から調達する。①運用の柔軟性が高い(太陽光発電の出力増加に対応して昼間に出力制御する),②環境にやさしい(緑地率23.4%やコチドリの生息地など),③コンパクトな造りであり少人数で運営している,などの特徴をもつ。③の点に関連するが,タービン建屋のないLNG火力発電所を見たのは初めてである。

 次の訪問先は,同じ扇町地区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の川崎発電所。天然ガスを燃料とする発電機を3台(合計出力62.16万kW),都市ガスを燃料とする発電機を1台(出力18.74万kW)擁し,やはりコンバインドサイクル発電方式を採用している。発電効率は49.2%~50.6%。電車運行用の自家発電所であり,太陽光発電が稼働する昼間に出力を制御する「川天」やJERA東扇島火力発電所とは対照的に,電車が動かない夜間に出力を抑制する。天然ガスの調達先は「川天」と同様に東京ガス・扇島LNG基地およびJERA・東扇島LNG基地であり,都市ガスは東京ガスから供給を受けている。なお,JR東日本は,川崎発電所のほかに,新潟県にやはり自家用の信濃川発電所(水力)を有する。JR各社のなかで,自家発電所をもっているのは,JR東日本だけだそうである。

 続いて見学したのは,扇島の製鉄所敷地内の一角を占めるJFEの自家発電所である扇島火力発電所。JFEは,高炉停止後も厚板,薄板,鋼管等の下工程の生産は継続する予定であり,扇島火力発電所の機能も残る。現在稼働する同発電所新1号機(出力18.82万kW,ガスタービンコンバインドサイクル式)は,高炉ガス等の副生ガス焚きであるが,高炉停止後は天然ガス焚きに切り換える。その際,発電効率は,47.2%から約50%へ上昇する予定である。

 最後の見学先は,JERAの東扇島火力発電所。まず,扇島にあるLNGバースへ徒歩で向かい,そこで,約6万トンのLNGを積んだ球形タンク方式の船からの荷揚げ作業を目の当たりにした。同バースは,日本一の年間着桟隻船数を誇るが,それでもLNG船がちょうど着桟したタイミングで見学できたことは,幸運であった。その後,バスに乗り,厳重に保冷・保安措置を講じたLNGパイプラインに沿って,東扇島火力発電所へ向かった。LNGタンク,気化設備,ボイラ,蒸気タービン等を擁する同発電所では,それぞれ出力100万kWの2台の発電機が稼働している。

 このように,川崎臨海部の扇島・扇町・東扇島には,4箇所のガス火力発電所が集中的に立地する。それらと隣接する東京湾最深の現在のJFEの埠頭には,高炉の休止後には,大型の液体水素船の着桟が可能となる。高炉停止後の跡地には,水素のタンク群を建設することもできる。

 水素だけでなく,同様の条件は燃料アンモニアにもあてはまる。扇島の埠頭に大型アンモニア船が着桟し,高炉の跡地にアンモニアタンクが並ぶこともありうるのだ。

 次世代燃料としては,さらに,合成メタンという選択肢も存在する。その場合には,扇島の川崎市側に立地するJERAのLNGバースだけでなく,扇島の横浜市側に立地する東京ガスのLNGバースも,活用できる。

 これらの条件を活かして,4発電所における次世代燃料への転換が進めば,それは間違いなく,日本のカーボンニュートラル化に大きく貢献する。川崎扇島周辺のエリアは,まさにフロンティアになろうとしている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2723.html)

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