世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「鄧小平理論への復帰」が必要な中国:日中の産業クラスター政策の比較
(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)
2022.10.17
中国と日本の成長戦略を比較し,問題点を明らかにする。それぞれの国の成長戦略の欠点を産業集積(クラスター)の観点から示す。中国の改革開放後の経済成長は,経済特区などの開発区への外資導入による産業集積の形成であった。これに背を向けた政策が進められている。また,日本の政策は,産業集積政策でも産業政策でもない場当たり的な対処療法である。クラスター政策の成功を左右するのは「マスター・スイッチ」を押せるかどうかである(Kuchiki(2021)参照)。
1.科学技術強国の中国
文部科学省の研究所によれば,中国が,自然科学分野の研究論文に関わる代表的な3つの指標で世界一になったと報じた(注1)。3つの指標とは,研究者による引用回数が上位1%に入るトップ論文数,総論文数,引用上位10%に入る注目論文数である。中国は科学技術立強国への道を進んでいる。
2.改革開放後の中国の産業政策と産業集積政策
成長戦略の基本政策は,大きくは産業政策と産業集積政策がある。産業政策は,「産業」傾斜であり,経済学では幼稚産業保護論で説明される(注2)。中国の産業政策の成功の1つの指標は,フォーチュン世界500大企業の数で2020年にアメリカを抜いたことである。
また,「集積」(クラスター)とは,1つあるいは複数の産業,例えば自動車産業に関わる企業群が地理的に集まって1つの産業構造を形作ることである。産業集積政策は,「地域」傾斜であり,地域の経済活動の活性化である。産業集積政策は,1980年設置の経済特区から始まり経済開発区への外国直接投資の導入により全国で成功した。中国の香港マカオ大湾経済圏,長江デルタ経済圏,京津冀経済圏(北京,天津,河北省)で顕著な成果を見た。
3.日本の新しい資本主義の「実行計画」の政策軸の欠如
ところで,岸田政権は,新しい資本主義の「実行計画」を発表した(2022年6月7日)。日本が第1に目指すべきは,産業集積政策である。「実行計画」では,地域傾斜として「デジタル田園都市国家構想」がある。アジア,特に中国の経済発展に後れをとった日本は,アジアの産業集積地との競争に勝てることを意識した政策が必要である。その場合は,関東圏,拡大名古屋圏,関西圏の産業集積は,例えば中国の香港マカオ大湾経済圏などとの競争力比較により対応する必要がある。
第2に目指すべきは,産業政策であり,産業政策と産業集積政策の融合である。実は,これが現在中国で実行されている。産業政策は戦略的新興産業と呼ばれ,産業集積政策は,自由貿易試験区である。この自由貿易試験区において戦略的新興産業を育成する融合政策を実施する。
そこで,日本にこの考え方を適用しよう。新型コロナ発生により明らかになったことの1つは,産業政策としてデジタル経済とグリーン経済の実現が必要であることである。産業集積政策は,関東圏,拡大名古屋圏,関西圏での海外と競争できる集積の形成である。
そこで,デジタル産業集積形成のマスター・スイッチとなる政策手段は,基礎研究,応用研究,製品化のそれぞれの①「人材の育成・招致」である。日本で特に弱いといわれるのは製品化人材で顧客の要望から製品化をスタートできない点である。
産業政策の重点業種(ピッキング・ウィナー)として,「実行計画」には量子技術,AI実装,バイオものづくり,再生・細胞医療・遺伝子治療などと共にブロックチェーン,メタバース,Fintechが挙げられている。産業集積政策の「マスター・スイッチ」となるのは,人材の育成・招致とともに②「ファンドの提供」である。
4.クラスター構築が不可欠な日本と鄧小平復帰の必要な中国
中国当局は,産業政策の中心の1であった紫光集団の元トップの身柄を拘束した(注3)。また,国策として組成された半導体ファンドの「国家集成産業投資基金」のトップの調査を始めた。これは,先端産業の国産化という産業政策が成功していないと解釈されている。
世界は,米中経済覇権争いの中にある。こうした状況下で中国は,習近平氏により冷戦状態に進んでいる。中国は,先端技術において半導体産業政策に成功していない。しかし,中国は,米中経済覇権争いのため,これまでの政策に逆行する外資規制などを指向している。この段階で冷戦に入ることは,中国が世界1に届かなく,アメリカのトップの位置が変わらないことを意味する。「鄧小平理論」に立ち戻り,中国はアメリカとの競争力を増す必要がある。
日本においては,産業政策も産業集積政策も意識されず,局所的に「新しい資本主義」を追いかけている。産業政策のピッキング・ウナー(重点産業)を未来産業に特定化する。そして,ポストコロナで必要なのは「クラスター政策」である。そのための人材の育成・誘致とファンドの提供という「マスター・スイッチ」に焦点を置く必要がある。
[注]
- (1)日本経済新聞2022年8月10日。
- (2)第1期の幼児期に補助金を使って幼稚産業を育成する。第2期の青年期に成長した産業が技術を進歩させることにより経済余剰を大きくする。
- (3)日本経済新聞2022年8月6日。
[参考文献]
- Kuchiki, A. (2021) “‘Sequencing Economics’ on the ICT Industry Agglomeration for Economic Integration,” Economies 9(1):2. https://doi.org/10.3390/economies9010002.
関連記事
朽木昭文
-
[No.3561 2024.09.16 ]
-
[No.3472 2024.07.01 ]
-
[No.3463 2024.06.24 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]