世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2704
世界経済評論IMPACT No.2704

鄧小平理論による中国の産業集積政策の成功

朽木昭文

(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)

2022.10.10

 中国において,市場競争に基づく産業集積政策は効果的であったのか? 市場経済に基づく産業集積政策は,1980年代以降,東アジアで有効であることが示されている。

 1979年以降の中国の改革開放成長戦略は,鄧小平理論による経済開発区への外資導入を梃子として産業集積を形成することであった。その起点が1980年の深圳の経済特区の設置であった。その政策を,1992年の南巡講話により推進し,2001年の世界貿易機関(WTO)加盟により加速させた。

 このことを,産業集積政策がともに中国のGDP成長率の上昇に有効であったことを統計的に検証した。外国直接投資(FDI)は,原材料や設備機械の輸入を増やし,工業化を進め,経済開発区での産業集積を促進した。これがGDP成長につながった。つまり,経済特区(SEZ)などの開発区における産業集積政策の成功を,外国直接投資とGDP成長との因果関係を統計的に検証した。

1.産業集積とは

 集積とは,1地域において,ある種の循環的な論理によって生み出され,持続される経済活動の群(クラスター)のことである。産業集積政策とは,政策的に集積を創出することである。

 改革開放後の中国を「経済開発区への外資導入という産業集積政策」の実施という観点から分析した。ここで,経済開発区とは,経済特区(SEZ),経済技術開発区(ETDZ),ハイテク産業開発区(HIDZ),自由貿易試験区(PFTZ)などを含む。

2.産業集積政策とは

 産業集積政策は,1980年代以降の東アジアにおける典型的な政策である。「産業ハブ」(Industrial hubs)という概念は,経済活動の集積や産業クラスターを総称したものである。アジアにおける産業集積の原型は,1965年に設立された台湾・高雄の輸出加工区構想である。1970年代にはマレーシアのペナン,1990年代にはホーチミンのタントゥアンに導入された。Oqubay and Lin(2020)によれば,アジアにおける産業ハブの数は1980年代以降に急激に増加し,アジア太平洋地域だけで世界の雇用と輸出の65%以上を占めるようになった。UNCTAD(2019)は,中国においてSEZ(経済特区)がFDI(外国直接投資)に強いプラス効果をもたらし,SEZが累積FDIの80%以上を占めると指摘している。

3.アジアの産業集積政策の事例

 Kuchiki(2020)などによれば,第1に,中国天津のトヨタを中心とした自動車産業集積政策がその地域発展に有効であった。第2に,中国広東省広州のトヨタ,日産,ホンダを中心とした自動車産業集積が華南経済圏の成長に寄与した。第3に,タイの東部臨海地域の自動車産業の輸出加工区やマレーシアの電気・電子産業の自由貿易区を通じて,1980年代以降のアジア経済の成長が産業集積政策に依存していた。

4.外国直接投資による経済成長の統計的検証

 外国直接投資が中国の経済成長を説明できることを,次点により統計的に検証できた。

 第1に,中国において外資導入によりトレンドが画期的に変わった出来事は,1992年の南巡講話と2001年のWTO加盟であった。これはトレンド・ダミー分析により統計的に確認された。第2に,1987年から2009年にかけて,外国直接投資は,2年の遅れで輸入成長率を引き起こし,次に工業成長率,その後にGDP成長率を引き起こした。つまり,外国直接投資とGDP成長率は統計的に有意に因果関係があった(グレンジャー因果)。

 第3に,外国直接投資伸び率は,工業成長率と,またGDP成長率と相関があることを0%の有意水準で説明することができた。つまり,外国直接投資の伸び率は,工業成長率およびGDP成長率と正の相関関係を持った。

5.鄧小平理論に戻ろう

 中国では,各時代の発展段階において,産業集積政策と産業政策が車の両輪のように実施されてきた。工業化と経済成長において,海外投資が統計的に有意であることを示した。外国直接投資は,輸入成長率から工業成長率へ,工業成長率からGDP成長率へ,1987年から2009年の間に因果関係がある。

 中国の産業集積政策が成功した。その根本要因の1つは,開発区への「外資導入」であった。これと国内投資を結びつけることに成功の活路を見出した。鄧小平氏の南巡講話はその原点である。

 現在の中国は米中経済覇権争いの中にある。そして,中国の経済政策は鄧小平理論から遠ざかる方向にある。これは中国経済にとって覇権争いに勝利するには時期尚早である。

[参考文献]
  • Kuchiki, A. (2005) “Flowchart Approach,” in Industrial Clusters in Asia, A. Kuchiki and M. Tsuji eds., New York: Palgrave Macmillan, pp.169-199.
  • Kuchiki, A. (2008) “The Flowchart Model of Cluster Policy,” International Journal of Human Resources Development and Management, Vol. 8, Nos. 1/2, pp.63-95.
  • Kuchiki, A. (2020) “A Flowchart Approach to Industrial Hubs and Industrialization,” In The Oxford Handbook of Industrial Hubs and Economic Development (A. Oqubay and J. Lin eds., Chapter 19), Oxford: Oxford University Press, 345-77.
  • UNCTAD (2019) Special Economic Zones.
  • Oqubay, Arkebe and Justin Yifu Lin (2020) “Industrial Hubs and Economic Development,” In The Oxford Handbook of Industrial Hubs and Economic Development (A. Oqubay and J. Lin eds., Chapter 19), Oxford: Oxford University Press, 3-14.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2704.html)

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