世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2668
世界経済評論IMPACT No.2668

台湾名門大学「半導体学院」の設置:“日本の凋落”からの挽回策

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.09.12

 世界の半導体不足でこの数年,多くの半導体ウエハー工場が増設された。そのために,台湾の半導体産業が深刻な人材不足に悩まされている。今後,AI,5G,IoT,ビックデータ,メタバースなど新しい技術の急速な展開に対応するために,台湾政府は「国家重点領域産学協力及び人材育成イノベーション条例」を設けた。2021年前後から台湾の国立重点大学の台湾大学,清華大学,陽明交通大学および成功大学に「半導体学院」(大学院専門課程)を設置し,技術力の向上に向けて切磋琢磨している。

 TSMC(台湾積体電路製造)などの企業は,国立重点大学に巨額の寄付金と人材派遣,企業名の冠をもった研究棟,研究設備,試験設備を設置するほか,企業内の試験室の提供,指導教授を派遣している。博士課程の大学院生は最新鋭のICチップの設計から合格品の製造に携わることが学位取得の条件になっている。企業は即戦力となる人材を求めているからだ。現在,博士号の取得者のほぼ全員がTSMCなどに入社している。産学官が協力し,人材不足の解消に取り組んでいる。

台湾大学重点科技研究学院

 台湾大学の「重点科技研究学院(Graduate School of Advanced Technology)」は,「集積回路設計と自動化」「半導体デバイス,材料および統合」,「ナノエンジニアリングとナノサイエンス」の3つの学程(コース)に,修士課程(25名×3コース)と博士課程(10名×3コース)を設けている。教員は台湾大学の3つの学院(電資学院,理学院,工学院)から69名の教授が担当している。

 「集積回路設計と自動化」は,ICの設計と自動化の人材を育成する。同時にIC設計とEDA(Electronic Design Automation)の専門能力を高め,産業界と密接に協力し,新しい応用領域のニーズに応えている。研究のテーマは産業界が今後5年から10年後に直面する課題解決に対応している。R&Dの課題実習や「system-level design」(モデルベースデザイン(MBD)や高位合成(HLS)などの手法)を重視している(紙幅の関係上,他の2つのコースの紹介を省く)。

清華大学半導体研究学院

 台湾新竹サイエンスパークの近くに,国立清華大学の「半導体研究学院(College of Semiconductor Research)」が設けられる。同大学は国共内戦の後,国民党寄りの教授陣や大学関係者が新竹に設けた重点総合大学だ。この学院に「半導体部品部」,「半導体設計部」,「半導体材料部」,「半導体製造プロセス部」の4つの部(コース)が設けられている。大学のキャンパスには「台積館」(TSMCの寄付)など企業名の冠をもった研究棟が聳えている。

 「半導体製造プロセス」の領域は,世界において台湾が優位の分野である。同コースでは,フォトリソグラフィの原理,解析度の増進,フォトリソグラフィによるソリューション,液浸リソグラフィ,EUV(極端紫外線リソグラフィ)によるソリューション,プラズマエッチング,CVD(化学気相成長),PVD(物理気相成長),ALD(原子層堆積),メッキ,CMP(ウエハー表面の平坦化技術),イオン注入,拡散,酸化技術を習得する。また,ビックデータ解析,AI,試験・設計のツールを応用して課題を解決する(紙幅の関係で,その他の3つのコースの紹介を省く)。

 この学院の林本堅院長は,TSMCのR&Dセンター長を兼任するTSMC出身の大物教授である。また,同学院の日本人教授は,白田理一郎特別招聘教授(名古屋大学博士,東芝でNAND Flashの開発),堀江正樹教授(東京工業大学博士,理化学研究所基幹研究所基礎科学特別研究員を歴任)が活躍している。

 また,兼任教授として実業界からTSMCの余振華教授(Pathfinding for System Integration担当副総経理)は,ウエハーの高性能コンピューティング(HPC)向けパッケージング技術CoWoS®(Chip on Wafer on Substrate),統合型扇状(InFO)半導体封止技術とシステム統合チップ(SoIC™)の関連技術を開発した。IEEE EPS優秀製造技術賞を受賞し,1,800件以上の特許を取得した大物だ。また,東京エレクトロン台湾のPeter Loewenhardt上級副総裁,ASML台湾の嚴濤南副総経理と陳俊光協理が兼任教授を務めている。

陽明交通大学国際半導体産業学院

 台湾の交通大学も国民党寄りの教授陣が新竹に設けられた国立総合重点大学だ。2021年に交通大学と医学系名門の陽明大学が合併し,陽明交通大学となった。同校の「国際半導体産業学院(International College of Technology)」は,2015年に設けられた。「半導体材料と固体電子ユニット領域」(半導体物理 ,半導体製造プロセス),「半導体チップ設計とシステム統合領域」(デジタル集積回路,アナログ集積回路)のうち,4科目から2科目が選択必修科目である。「半導体材料と固体電子ユニット領域」(12科目)と「半導体チップ設計とシステム統合領域」(9科目)が選択科目である。

 「国際人材を台湾に貢献させ,台湾の人材で国際(世界)とドッキング(接続)する」の理念で,英語での講義を採用している。全米技術アカデミーの孔祥重(シストリックアレイ理論の考案者),胡正明(半導体製造技術のFin FETを開発した人物)などを招いて,教授陣に加えている。また,UCLA,東京工業大学,ベルギーのルーベン・カトリック大学とインド工科大学などと2大学単位審査制度を採用し,審査に通過すると2つの大学院の学位を取得することができる。

 同校の大学院専門課程には「半導体材料」,「固態電子ユニット」,「高級システム封止」,「集積回路設計」,「異質システム統合」の5コースを設けられる。主な教授陣は,同大学の電機学院,理学院,工学院の教員が指導に当たっている。

 日本人教授では岩井洋講座教授(東芝の勤務を経て,東工大名誉教授),百瀬寿代客座教授(東京工業大学博士,東芝デバイスプロセス開発センター主務),大場隆之客座教授(東北大学博士,富士通,東大特任教授,東工大特任教授を歴任),佐久間克幸教授(早稲田大学博士,IBMトーマス・J・ワトソン研究所を歴任)が活躍している。

成功大学智慧半導体及び永続製造学院

 成功大学の「智慧半導体及び永続製造学院(Academy of Innovative Semiconductor and Sustainable Manufacturing)」には,「チップ設計学位学程」,「半導体製造プロセス学位学程」,「半導体封止学位学程」,「重要材料学位学程」,「智能と永続製造学位学程」の5コースが設けられている。5コースから必修と選択必修を選ぶことができ,コースを跨って履修することが奨励されている。専門領域に半導体の基礎学問を加えた,全方位で高レベルの指導できる人材を育成することを目指している。

 この学院のコースには半導体産業の川上,川中と川下段階の領域が含まれている。大学院課程に学問の統合モジュールを通じて,教授の専門領域と結合して展望できる課題解決の人材育成に力を入れている。AI,ビックデータ,IoT,スマート製造,持続可能な開発,グリーン科学技術およびカーボンニュートラルの概念を取り込み,院生に半導体の専門領域のほかに,未来のハイテクに必要とする半導体の開発に全方位の訓練を備えることである。この学院の日本人教員は,河森栄一郎教授(筑波大学博士,東大助教授を歴任)が活躍している。

日本の課題

 日本の半導体研究の学者は,半導体の領域で研究費の獲得が難しい状況が長く続いた。その結果,研究テーマの変更,海外の大学・研究機関への移籍などで人材が払底してしまった。最近の日本は,TSMCなどの海外半導体メーカーの工場誘致ばかりに目を奪われがちだが,将来を考えれば,半導体分野の人材不足に対する抜本的な対策が必要であろう。

 スイスの有力ビジネススクールIMDが発表した「2022年世界競争力ランキング」によると,台湾は7位,日本は34位だ。日本の順位が年ごとに下降している。“日本の凋落”を止めるため,台湾の大学院専門課程「半導体学院」の設置ケースから課題の解決のヒントを提供したい。

 今後,日本が半導体産業において,①材料,②半導体製造設備,③パワー半導体の領域で強みを発揮できる余地がある。EV(電気自動車),自動運転はこれから伸びる領域である。“自動車大国日本”は,次世代にはガソリン車からEVに移行する。これに乗り遅れると,“自動車大国”の看板は下ろさなければならない。EV,自動運転は日本の強みをさらに強くする領域であろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2668.html)

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