世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2665
世界経済評論IMPACT No.2665

カーボンニュートラルを超えて:マイナスに挑む「大丸有エネルギーエリアビジョン」

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.09.05

 「大丸有(だいまるゆう)」とは,東京都心の大手町・丸の内・有楽町地区を一括した呼称である。約120haに及ぶ同地区は,約100棟のビルに約4300の事業所が居を構え,28万人が働く日本を代表する国際的ビジネス拠点となっている。

 大丸有地区には,年間100万MWh超の電力需要が存在する。一般家庭約25万世帯分に相当する。また,熱需要も年間約2600万㎥に及ぶ。こちらは,一般家庭約8万世帯分の規模だ。

 その大丸有地区で活動する主要な事業者で構成する大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会(大丸有協議会)と大丸有環境共生型まちづくり推進協会(エコッツェリア協会)は,共同で事務局をつとめる形で,2021年8月に「大丸有エネルギーエリアビジョン委員会」(委員長:小林光東京大学先端技術研究センター研究顧問)を設置した。同委員会は,5回にわたって会合を重ねたのち,22年3月に「大丸有エネルギーエリアビジョン」(以下,「ビジョン」と表記)を策定し,公表した。

 「ビジョン」は,大丸有地区が,「大規模なエネルギー需要」をもつ「既成市街地としての側面」と,「ハードの整備更新を継続的に行うことが可能なことに加え,熱導管を中心にエネルギーネットワーク基盤を生かして,エリア全体の機能向上を図ることができるという側面を併せ持っている」,との自己認識に立つ。そして,「世界一のビジネスセンター」として求められることを重視する,「脱炭素」の文脈で都市が選ばれるという認識に立つ,「レジリエンス」の視点は欠かすことが出来ないとの自覚を持つ。そのうえで,①脱炭素,②BCP(事業継続計画,エネルギーレジリエンス),③Well-Being(幸福や健康),の3要素を兼ね備えた国際競争力ある街づくりを進めようとしているのだ。

 「ビジョン」が打ち出した「目指す将来像」は,「活力と創造性に溢れる日本らしい世界一のビジネスセンターであり続ける」ことである。それを実現するために,

  • (1)エリアマネジメントをキードライバーとした取り組みの推進,
  • (2)「一大消費地」エリアとしての責任あるリーダーシップの発揮,
  • (3)新技術の実証・導入とデジタル・情報の積極活用によるエネルギーのDX(デジタルトランスフォーメーション),
  • (4)エリアエネルギー基盤の拡大・強化と実現性の担保,

という「4つの基本方針」を掲げる。

 「ビジョン」は,これらを具体化するために「アクションロードマップ」を示し,30年,40年,50年の到達目標を明らかにしている。30年までの目標は,「個別ビル(新築)における,高断熱化,高効率設備・再エネ設置を推進。木材などCO2排出量が少ない建築資材の活用」「個別ビル(既存)における,省エネの取組の加速と先行取組施策の出現」「一部施設における電力の脱炭素化(再生可能エネルギー導入)」「データやツールを活用した企業・個人の行動変容の促進による省エネ化」「インフラ再構築の方向性の検討・計画化」「一部施設による先行的な面的エネルギー施策の実施」であり,数値目標として「28棟(322万㎡)で約45万MWh(年間)の脱炭素化」を掲げる。これは,エリア全体の電力消費量の45%弱に相当する。40年までの目標は,「再エネ導入や省エネ施策のエリア全体への拡大」「導入する再エネの環境価値の向上と地域連携の拡大」「共インフラを活用した先駆的なエネルギートランジション施策の実着手」である。そして50年までの目標は,「“カーボンマイナス”の実現」であり,「エリア全体でネットゼロを達成したうえで,二酸化炭素吸収等の実装により“カーボンマイナス”を実現する」としている。

 ここで特に注目されるのは,50年までの目標として,「カーボンマイナス」を掲げたことである。このことは,画期的な意味をもつ。

 50年には大丸有地区で使う電気はすべて,二酸化炭素を排出しないゼロエミッション電源から供給されている可能性が高い。問題は熱である。電化がかなり進んだとしても,相当規模の熱需要は残るだろう。

 21年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」は,「50年カーボンニュートラル」へ向けて積極的に電化を推進するとしながら,最終的に50年度末時点での電化率は38%にとどまると見込んでいる。熱を中心とする非電力分野のエネルギー需要は,大規模に残存するわけである。

 そもそも,大丸有地区の大きな特徴は,共インフラとして熱導管を有する点にある。熱需要にかかわる二酸化炭素排出を抑え込む施策なくして,同地区のカーボンニュートラル化はありえない。

 熱のカーボンニュートラル化の切り札となるのは,今,日本の都市ガス業界が全力で開発に取り組んでいるメタネーションである。メタネーションとは,グリーン水素ないしブルー水素と二酸化炭素とから都市ガスの主成分であるメタンを合成する技術である。合成メタンであっても燃焼時には二酸化炭素を排出するが,製造時に二酸化炭素を使用することによって相殺されるから,カーボンニュートラルとみなされるわけである。なお,グリーン水素とは,再生可能エネルギーで生産された電力で水の電気分解を行い製造するなど,生産過程で二酸化排出をともなわない水素のことである。また,ブルー水素とは,生産過程で二酸化炭素を排出するものの,それを回収して再利用したり(CCU:二酸化炭素回収・利用)地下貯留したり(CCS:二酸化炭素回収・貯留)して,カーボンフリー化された水素をさす。

 50年時点で大丸有地区は熱源として合成メタンを使っているだろうから,一応,熱のカーボンニュートラル化は達成されていることになる。しかし,そうであったとしても,合成メタンの使用により,二酸化炭素の排出が続く事実に変わりはない。人類の未来のためには,合成メタン燃焼によって生じる二酸化炭素をも回収する「カーボンマイナス」に突き進むしかない。その回収を家庭で行うのは困難であり,ビルや工場で実施するしかない。ビルや工場で回収された二酸化炭素は,その場でカーボンフリー水素と合成して,オンサイトメタネーションのために使われることになる。

 大丸有地区は,このように人類史的な意義をもつ「カーボンマイナス」の先頭に立とうとしている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2665.html)

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