世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2652
世界経済評論IMPACT No.2652

2022年のタイにおけるAPECの3つの優先課題と雑感

石戸 光

(千葉大学バンコクキャンパス 教授・APEC研究センタージャパン 幹事)

2022.08.29

 2022年のAPEC(アジア太平洋経済協力)はタイが議長エコノミー(注:APECにおいては,国家主権を巡る議論に配慮して,「国」の代わりに「エコノミー」と称する)となり開催されているが,その優先課題は,英語でOpen, Connect, Balanceの3つである(2022 Thailand Prioritiesなどに掲載)。英単語3つの簡潔な表現の中に,根本的な経済の課題解決が意図されている。すなわち2019年末より続くコロナ禍によって疲弊したアジア太平洋地域の経済を貿易・投資を含めてあらゆる機会に「開かれたもの」(Open)とすること,より具体的には,経済を再活性化するために,APECが世界貿易機関(WTO)を中核とするルールに基づく多角的貿易体制を引き続き支援しつつ,開かれた貿易・投資を促進し,またビジネス環境の改善,地域経済統合の促進,デジタル化およびイノベーションを活用していくことをタイ政府は表明している。また物流の寸断から脱却してあらゆる側面で「つながり」(Connect),所得格差および経済と環境の関係など,あらゆる側面で「バランス」(Balance)を重視する姿勢が打ち出されており,パンデミックから2年が経過した現在も回復しきっていない物流,安全でシームレスな国境を越えた旅行・観光及びサービス部門の機能をアジア太平洋という地域大で再活性化し,ビジネスの流動性を促進し,また保健安全保障への投資を増加させることにより,連結性(connectivity)の回復に焦点を当てる政策意図となっている。またコロナ禍で,同地域の経済的な不均衡が悪化している点を指摘し,APECが包摂性(inclusiveness)と持続可能性(sustainability)という目標を経済目標と並行して統合しなければならない,としている。

 筆者は2022年7月にタイのプーケットにて開催されたAPEC研究センター・コンソーシアム・カンファレンス(APECの公的な学術交流の場)に出席し,研究報告を行った。タイが議長エコノミーであることにちなみ,タイ人の研究者と共同で同エコノミーの企業レベルのデータ(2012−2020年)を元に,上記の3つの優先課題に関連する統計分析の結果報告を行った。具体的には,生産性を向上させるといわれる海外企業からのM&A(吸収合併)が,タイにおけるM&A受け入れ企業のサイズが大きいほど,またそれら企業の操業以降の年数が短いほど,そして受け入れ企業側の所有する特許や商標権や著作権などの「無形資産」(intangible assets)が多いほど,海外からのM&Aが活発となり,結果として受け入れ企業の生産性が向上する,という内容の報告を行った。そしてこれらのことは,Openであることの重要性,Connectされていることの重要性,企業サイズも含めたBalanceの観点からの政策措置の重要性を示している,と結論した。研究報告に対しては,とりわけタイの研究者の皆様から熱心なコメントをいただき,タイの掲げるAPECの3つの優先課題(Open, Connect, Balance)の現地における重要性を実感した次第である。

 しかしアジア太平洋地域における貿易・投資・人の移動を含めた経済活動は,「あらゆる機会に開かれ,あらゆる側面でつながり,あらゆる側面でバランスのとれた」状況とはいいがたく,今後の動向を注視していきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2652.html)

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