世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2621
世界経済評論IMPACT No.2621

中国の軍事的拡張は危険な分岐点に達する:“好戦的なレトリック”と如何に対峙するのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.08.08

 「ワシントン・ポスト」紙(6月16日付)に,コラムニストのジョシュ・ロギン(Josh Rogin)の寄稿「中国の軍事的拡張は危険な転換点に達する(China’s military expansion is reaching a dangerous tipping point)」が掲載された。以下にそれを紹介する。

 6月中旬にシンガポールで開催された,英国国際戦略研究所(IISS)主催の「アジア安全保障会議(シャングリラ会合)」において,米中国防トップのロイド・オースティン国防長官と魏鳳和国防部長が対面会談を行った。超大国間の高まる緊張状態をコントロールする目的であった。中国の急劇な軍備拡張でアジア地域での軍事的優位性が高まり,台湾有事への懸念が高まっているからである。今後数年間に,中国はアジアでの軍事的影響力を一層強化し,自由,民主主義の価値を堅持する台湾へ武力侵攻する可能性を高めている。ロシアのウクライナ侵攻で明らかになったように,中央集権国家が力によって相手を征服しようとしても,民主主義陣営は,それを阻止することができず危機に直面する。

 習近平国家主席は,2027年までに中国がアメリカと軍事的に対峙できるだけの能力を向上させる計画を公言した。中国の台湾侵攻に西側諸国が台湾を救援するならば,中国は武力をもって対応すると恫喝している。中国は台湾侵攻計画を積極的に推進するが,アメリカはその対策に遅れを取っているという。

 アメリカ・インド太平洋軍司令官であるジョン・アキリーノ提督は「習近平はこれまでにない軍事力の増強を図っている」,「中国はアジア地域で覇権を打ち立て,アジアの国際秩序を変更しようと試みている」,「中国は国際的制裁を恐れず,自らの軍事力で国際的ルールを定めようしている」と指摘する。アキリーノ提督は「我々の予想よりも早く,中国は強大な軍事力を確立するだろう。それはアメリカに匹敵する軍事力だ」と警告を発した。

 中国は,ロシアがウクライナ侵攻に際して,核兵器使用の可能性をもって恫喝したことに倣い,台湾侵攻を実施する場合には,核による恫喝でアメリカの軍事的介入を阻止する可能性がある。また,カンボジアやソロモン諸島に中国の海軍基地を建設し,秘密軍事協力協定を関係国などと締結し,中国はアジア地域での軍事的プレゼンスを拡大すると考えられる。また,中国は台湾侵攻で米軍の介入を阻止するために,極超音速ミサイルや衛星攻撃レーザーなどの新しい兵器を開発していた。そもそも中国は台湾海峡を公海と認識していない。

 中国はかつてなくより多くの“好戦的なレトリック(ever-more-belligerent rhetoric)”を用いている。シャングリラ会合でオースティン国防長官と会談した後,魏鳳和国防部長は講演で「中国は台湾の統一を必ず実現する」,「台湾侵攻を阻止しようと勢力とは躊躇せず,どんな犠牲を払っても戦うつもりだ」と恫喝した。

 一方,オースティン国防長官は講演で,「アメリカはアジアでのリーダーシップの維持を約束する」と述べた。しかし,アメリカの軍事的関与の保障と実際に投入する資源との間のギャップが存在していると,著者のジョシュ・ロギンは指摘している。

 現在,アメリカ国防総省(ペンタゴン)では新規軍備に投入する予算が不足しており,特に,造艦計画に資金の不足が目立つ。オーストラリア(AU),イギリス(UK),およびアメリカ合衆国(US)の英語頭文字の造語である三国間軍事同盟の「AUKUS」においても,2030年代後半になってからオーストラリアの原子力潜水艦の造艦計画が始まる。

 中国はより短いタイムラインで「下餃子一様」に造艦計画を進めている(筆者注:中国語の「下餃子一様」(熱い湯の中に餃子(艦船)を投げ込むように),次々と造艦すると表現)。アキリーノ提督は,中国がアジア地域で米軍の軍事力を凌駕する正確な期日を明言していないが,2020年代を「懸念の10年」と呼び警告している(筆者注:6月17日に,中国の3艘目の空母「福建艦」が進水し,アジア地域でアメリカと互角の戦力をもったことを憂慮する)。

 3月の上院軍事委員会で,インド太平洋軍の前司令官であるフィリップ・デービッドソン提督は,「中国の台湾侵攻の脅威はこの6年間だ」と証言している。提督の“2027年の台湾侵攻説”の根拠は,習近平にとって3期目の任期最終年で,次の4期目を決定づける期限と述べた。

 インド太平洋軍は5月の議会報告で,アジア地域でアメリカの軍事的優位性を維持するには,2024~2027年の期間中に約670億ドルの新規投資が必要と推計したが,議会を通過した予算はこれを大幅に下回った。インド太平洋軍は計15億ドルの未通過予算の軍備品目リストを提出している。

 インド太平洋地域で米軍の優位性を維持するためには,十分な予算の投入は必要不可欠であり,緊急事態に対応するため,より多くの装備と人員をより多くの拠点に分散させる必要がある。グアムなどの前哨基地の強化,同盟国の兵士の訓練と装備の増強,台湾の自衛手段による軍事支援を大幅に増強する必要がある。

 軍事増強に対応するには真のリスク回避が不可欠だ。しかし,仮に中国が容易に台湾を攻略できる場合,アメリカが戦争のために投入する費用は指数関数的数字(倍増)に高まるだろう。

 アメリカはアジア地域で,中国の軍事的拡張に対峙するには,次の10年間を待つ余裕はない。1790年,ジョージ・ワシントンは議会で最初の演説で名言を述べた。すなわち,「戦争に備えることは,平和維持に最も効果的な手段の1つだ」と。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2621.html)

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