世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナ危機が浮き彫りにした原子力発電の「二つの未来」
(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)
2022.08.01
2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は,21年から始まっていた世界的規模の「エネルギー危機」に拍車をかけた。
エネルギー危機が世界を襲ったのは,ロシアが天然ガス・石油・石炭の主要な輸出国の一つだからである。ロシアからの天然ガス供給に大きく依存するドイツでは,なんとあの緑の党に属するロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣が,22年の原子力発電停止,30年の石炭火力停止を,それぞれ先延ばしすることを検討すると,いったん表明する事態となった。結局,炉型の特殊性による資材調達難や残された出力の小ささから原発停止延期は撤回されたが,石炭火力の停止延期は可能性を残している(最近の報道は,原発停止延期が再び検討されているとも伝えている)。ドイツとともに,グリーン投資の対象を選定する欧州タクソノミ―に原子力を含めることに反対してきたベルギーも,25年に予定していた原子力発電の全廃を10年間延長することを決めた。
これらに比べ,日本政府の反応は鈍い。欧州に比べればエネルギーのロシア依存度は高くないが,日本はLNG(液化天然ガス)で9%,石炭で11%,原油で4%をロシアからの輸入に頼っており(21年),影響が小さいわけではない。
ロシアのウクライナ侵略はとくに天然ガス市場に衝撃を与えているが,それへの対処能力は,原子力発電や石炭火力に余剰能力を持つ国ほど大きい。天然ガス火力発電の出力が下がっても,原子力発電や石炭火力発電で補うことができるからだ。
原子力発電や石炭火力に余剰能力を持つ点で日本とドイツはその代表格だと言えるが,反応の機敏さには雲泥の差がある。日本政府は,エネルギー危機対策として,原子力や石炭火力を活用する動きを特段示していない。ドイツと比べて,危機対処に関する「政府力」の差はあまりに大きいのである。
ウクライナ危機を通じて国産エネルギーの重要性が明らかになったから,再生可能エネルギーによる補完が理想的であることは間違いない。しかし,再エネによる補完が実現するまでには,発電設備の新設を必要とするので,時間がかかる。日本でも,逼迫する電力需給を緩和するため,原子力発電所を早く再稼働すべきだという声をよく聞く。理屈上は成り立つ議論であるが,ここで直視しなければならないのは現実だ。そもそも原子力は速効性を有する柔軟な電源ではないのであり,じつは,需給逼迫が深刻化する今年の夏だけでなく,来年の1~2月にも,原発再稼働は間に合わないのである。
ウクライナ危機が発生したからといって,日本の原子力規制委員会が規制基準の運用を緩めるはずがない。したがって,新たに再稼働することが想定できるのは,すでに規制委員会の許可がおりながら再稼働にいたっていない7基の原子炉ということになる。これらのうち東京電力・柏崎刈羽6・7号機は,東京電力の不祥事によって,規制委員会の許可自体が事実上「凍結」された状態にある。日本原子力発電・東海第二は,裁判所によって運転が差し止められている。したがって,早期に再稼動する可能性があるのは,残りの4基,つまり東北電力・女川2号機,関西電力・高浜1・2号機,および中国電力・島根2号機に絞られる。たしかに,これら4基は,運転再開に関する地元自治体の了解も取り付けている。にもかかわらず,ここが肝心な点であるが,4基のいずれについても,再稼働のために必要な工事が,来年2月時点では完了しないのである。「当面する電力需給逼迫を解消するために原発再稼働を」という意見は,残念ながら,「空理空論」の域を出ないと言わざるをえない。
22年7月の参議院議員選挙で,政府与党は勝利をおさめた。この点と,今のところこれから3年間国政選挙が予定されていない点とをふまえて,岸田文雄政権が一挙に原子力「復権」に動くという見方が一部にある。しかし,現実はそうならないだろう。
岸田首相は,参議院議員選挙から4日経った22年7月14日に記者会見の場で,23年1〜2月の電力危機を回避するため,9基の原発を動かすと表明した。このことは,原発の「復権」をまったく意味しない。
なぜなら,これら9基はすでに再稼働を果たしたものばかりであり,再稼働ずみの炉が一時的な点検等を終えてこれから動くことについては,とっくに織り込み済みだったからだ(再稼働を果たした10基のうち,九州電力・玄海4号機は,どうやら23年1〜2月には運転できないようだ)。
焦点は,再稼働ずみの炉が何基動くかではなく,原子力規制委員会の許可を得ながら再稼働を果たしていない7基の炉が新たに何基動くかにあった。むしろ,この岸田発言は,新たに再稼働する原子炉が皆無であることを確認したものなのである。
さらに,ここで看過してはならない点は,原子力が,短・中期的には重要な選択肢となるものの,長期的にはその存続の是非について改めて真剣に議論すべき時が来たということである。ロシアはウクライナの原子力施設に関して,その周辺の送電設備を含めて,軍事的な攻撃対象とした。これまで日本では地震・津波・火山活動が,欧米ではテロによる大型民間航空機の突入が,それぞれ原子力発電の主要なリスクと考えられてきた。これに対して今回,軍事標的になるというまったく新しいタイプのリスクが顕在化したのであり,この新しい知見にもとづき,原子力発電の持続可能性について根本的に問い直す必要性が生じたのである。原子力建屋をねらったミサイル攻撃を防ぎきれるのか,たとえ自衛隊を原子力発電所に配置したとしても周辺の送電設備まで守り切れるのか,これらの点について,改めて検討し直さなければならない。
ウクライナ危機は,原子力について,短・中期的にはその重要性を再認識させるとともに,長期的にはその安全性に対する根本的な懸念を生起したと言える。危機を通じて,原子力の対照的な「二つの未来」が浮き彫りとなったのである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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