世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
入国時のPCR検査は本当に必要か?:机上で考えるだけの厚生官僚の政策
(STRパートナーズ 代表・元モンゴル国立大学 教授)
2022.08.01
7月27日のWHOからの発表によれば,直近1週間の日本におけるコロナ感染者数は約97万人で,国別では世界一とのことである。かつては,感染者数がかなり増えても「欧米に比べればまだ少ない」というのが政府の自慢で,それは暗に「日本の感染者対策は優れている」と言いたかったようだ。一方,国民は国民で「政府の対策なんて全然駄目であるが,日本人は一人一人がきちんと感染対策を行っているので,そもそも国民の衛生観念が違うから少ないのだ」とこれまた自画自賛の理由を語っていた。私は本当の理由はわからないが,一つ言えるのは最早「外国からの感染を恐れる安全な島国」ではなく,「恐れるべきは日本から来る人々」となってしまった現状である。
その現実とは対照的に,欧米を含む主要国で入国時のPCR検査を課しているのは日本だけである。ヨーロッパもアメリカも,今は陰性証明書なしで入国できる。但し,ワクチン接種証明書の提示は必要であるが,これは72時間以内陰性証明と違って,入国者への負荷は大きくはない。
ヨーロッパも同じで,承認ワクチン(ファイザーなど)を複数回摂取していれば,72時間陰性証明は必要ない。アジア各国も多くの国では欧米と似たような規制緩和が行われ,ここモンゴルも日本からの入国に関しては何の証明も必要ない。これらの規制緩和により,世界的な移動の自由が再開し,経済交流も活発になりつつある。
しかしながら,未だに72時間陰性証明を外国人及び本邦日本人にも課して,一番厳しい「厳格な水際対策」をしているはずの日本が「世界一感染者が蔓延している国」になっているのは,皮肉としか言いようがない。こうした日本入国時の規制に関しての議論は,日本にいたままだとなかなか現実感をもって行いにくい。要するに「机上で議論する」だけであるからである。これでは「机上の空論」のプロである厚生官僚に勝てるはずがない。
私は7月にモンゴルから帰国し,具体的な問題を感じた。その上で,少なくとも欧米並みの規制緩和に早く移行すべきであると主張したい。以下,実体験に基づいた理由を申し上げる。
机上で考えるだけの厚生官僚の政策には,次のようにいくつもの欠点がある。
- 1.帰国前日の行動を縛る。
- 2.現地での日本式陰性証明書式で対応できる病院を探すことの困難さ,予約・決済の難しさ。
- 3.現地の病院に日本式陰性証明書発行を強要する無駄と愚かさ。
である。
まずは「1.帰国前日の行動を縛る」である。私は今回モンゴルの西の端,首都ウランバートルから1200㎞離れた県を訪れていた。そこはまさに遊牧民の地で,そもそもインターネットさえつながらない地域が多いのである。私はその県から,中1日置いて,その翌日に日本へ帰ることとなっていた。これは陰性証明書を意識したわけではなく,週2回しかない国内便と毎日運航ではない国際便を考慮した上でのスケジュールであった。
私は結果として,その中1日を使ってPCR検査を行うことができたが,もしこれが地方から帰ってきた翌日の朝の便で日本へ帰国するとなっていたらどうなっていたであろう? 帰国当日はホテルを朝5時に出発するので,その日は何もできない。
では前日か? ウランバートルでは午前9時に検査をして,その日の夕方に検査結果をもらうことができる。しかし前日の午前は1200㎞離れた田舎町である。そもそも国際線が飛ばないような街に日本式陰性証明書を発行できる病院などあるのか? その街を見ればわかるが,とてもそのような病院があるとは思えない。が,仮にあるとしよう。でもその日の朝はネットも通じないような県都から遠く離れた本当の田舎で目を覚まし,その県都に到着したのは夕方である。その田舎で検査をするのか? 電気,水道も通っていない無医村の田舎に何があるというのだ?
これはモンゴルの田舎が例外だと言いたいのではない。一般的な観光旅行であれば,スケジュールに従って毎日移動する。ギリギリまで観光を続け,最終的にフライトに間に合えば良いというようなスケジュールは多い。ビジネスパーソンにとっても,短い2泊3日の行程をフルに使いたい。訪問国内で飛び回ることも多い。貴重な海外での時間を「丸一日」拘束する要請だということを厚生官僚は考えたことあるのか?
次は「2.現地での日本式陰性証明書式で対応できる病院を探すことの困難さ,予約・決済の難しさ」である。地方から帰ってきたその日中に明日の朝の検査予約をしないといけないのである。今はどこもそうであろうが,電話では受け付けず全てスマホである。
私は日本でヨーロッパに行く人のPCR検査所探しを手伝ったことがある。ネットを見れば無数の「検査やります」「安くやります」という業者が出てくる。が,これらは皆,「渡航のための陰性証明」を出す業者ではないのである。「英語の対応はしておりません」「英語対応ですと,数日間かかってしまいます」(72時間ルールに間に合わない)など探すのに大きな困難を伴う。結局その時は,立派な病院で3万円以上の手数料を払ってやってもらった。母国の東京でもこうなのである。これが見も知らない国で,簡単に「日本式陰性証明書」を出してくれる病院が簡単に見つかるのか?厚生官僚に聞いてみたい。無論,彼らにとっては現実的な困難さは一顧だにしないのは当然である。きちんと考えていては何もできないことを知っているのだろう。
今回はどうであったか? 友人が必死に探してくれ,なんとか見つかった。だが,予約や決済は全てスマホで行わなければならない。問題は決済である。予約はできたが,決済ができて初めてその予約は有効になる。私はモンゴルに銀行口座を持っているが,それすら役に立たない。インターナショナルクレジットカードも使えない。今ではモンゴル固有の「なんとかPay」というもので支払うからである。私の銀行口座やカードはだめ,そしてそのモンゴル人の友人も試したがなぜか決済できない(なんとかPayにも種類があるのか?)。結局,その友人の弟のPayを使って払ってもらい,無事終了した。
私はモンゴルに30回以上足を運んでおり,モンゴル人の友人も多く,最終的にはこうした助力を頂いてなんとかなる。が,これは例外である。普通の日本人には,恐らく絶望的な仕組みかもしれない。厚生官僚はこうしたことを在外日本人に課しているという意識は,もちろん,ない。
当日は朝9時に検査をし,「その日のいつか」に連絡するから,連絡あり次第病院に来るようにと言われた。ほぼその日丸一日を拘束していると同じである。モンゴル側を責めることはできない。なぜなら欧米はこんな面倒なことをさせないので,モンゴル側も受け入れ態勢が十分ではないのである。その後の顛末は次回掲載の拙稿にて紹介したい。
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