世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
祭り・年中行事催行の必要性:コロナ禍で衰退する地域力
(高崎経済大学 名誉教授・元(公社)日本地理学会 会長)
2022.08.01
祭り中止による伝統的無形文化財の消失・地域力低下
地域の伝統的祭りや各種イベントの多くが,コロナ禍の感染予防観点から過去2年間中止になった。コロナ禍3年目の今年,京都祇園祭をはじめ大規模な祭りやイベントが規模縮小や感染対策を講じて各地で実施され始めた。しかし,7月中旬以降一日20万人を超す第7波のコロナ感染者の急増で,また催行是非が問われはじめた。筆者は群馬県文化財保護審議会会長を務めるが,祭り・年中行事の中止が各地の伝統的無形文化の伝承を難しくすると危惧している。
祭り・年中行事など伝統文化の理念・形式・技術は年間を通して人から人へ対面伝授されるものである。祭りの多くは無病息災・疫病退散や商売繁盛・家内安全など地域社会の安寧を祈願するもので,利害得失なく関係者一丸の活力発揮場所となる。今夏,3年ぶりに開催された相馬野馬追参加者から異口同音に「血が騒いだ」などの感想が報道された。祭りは人々が密接に交流しつつ地域の伝統文化を修得できる場であり,祭りに集う人々の総体として新たな文化を創造し,地域性を創出する。暗黙知からなる伝承文化の後継者は,先人の交流・訓練なしに養成できない。地域の人的構成は着実に新陳代謝しており,数年間の祭り催行中止は,伝承の機会喪失,地域文化の消滅に繋がる。
祭り・年中行事の中止は,伝統的無形文化の消失のみならず地域活力の衰退に繋がる。筆者は,阪神淡路大震災や中越沖地震・東日本大震災などの被災地復興に係わった。その際、地域の祭りに誇りを持ち,祭り再興に集う人々の結束力が,復興力を高めていた。また,被災後の自粛ムードの中で敢えて開催した恒例花火大会が,被災者の復興への意欲を高めた経験もある。筆者が京都の立命館大学教授時代の1990年前後までの学生には,出身地の祭り参加のため講義を休んで帰省する学生が結構いた。そうした学生の多くは出身地に就職した。祭りが育む地域愛・地域への信頼感が,地域力を創出していると言える。
社会構造の転換をもたらす冠婚葬祭の変質
以上の問題は大規模な祭りのみならず,冠婚葬祭でも同様である。冠婚葬祭は時代とともに変化してきたが,コロナ禍で大きく変容した。コロナ禍での行動制限・自粛ムードから家族のみでの結婚式・葬儀が急増し,社会的にも違和感なく認知されてきた。これを冠婚葬祭の簡素化と評価する視点がある。しかし,冠婚葬祭は日常的に希薄な人々を繋ぎ,新たな出会いの場であり,地域社会の一員であることを再認識する機会でもある。そのため,冠婚葬祭の簡素化は親戚縁者・友人知人・上司や関係者、地域社会との絆を益々弱体化させ,社会構造の転換にも繋がるであろう。
東京下町に昭和レトロな商店街が今なお活き活きと生き続ける要因を,東京下町在住の著名な商業地理学者にかつて伺ったことがある。その回答は「葬儀を出してもらうため」であった。人々は葬儀の時に地域の人の協力を得るために,日頃から地元商店で生活物資の大半を購入しており,大型店の買い物袋を下げて地元店前を通れないという。その結果,小規模店でも経営が成り立ち,大型店に劣らない価格サービスも可能となり,レトロな商店街として観光地にもなった。後年,その先生の葬儀も地域の人々が中心となり執り行われた。
筆者の住む地方中心都市も1980年代前半まで地域の人々が勤務を休んで葬儀を取り仕切った。伝統的商店街は当時も大型店の影響を受けていたが,成り立っていた。その後,域外資本の葬儀場が市内数カ所に立地し,葬祭業務すべてを地域の人々に代わり請け負うようになった。葬儀が資本の論理で行われ,地域からの参列は生前から親しい人のみとなる。葬儀手伝いによる地域の人々の新たな出会いや伝統の継承がなくなり,結果として地域の絆は希薄化した。また,郊外型巨大ショッピングセンター中心・車社会化の都市・商業構造に変化し,資本の論理・強者の論理中心の地域社会システムとなって伝統的商店街は衰退・消滅した。
地域社会を資本の論理・強者の論理中心で構築するか,地域の論理・弱者の論理中心で構築するか,判断は分かれよう。しかし,その根底には地域社会の伝統的な祭り,冠婚葬祭のあり方による地域力が関係している。コロナ禍にあってその選択の岐路にある地域は多い。地域力はこれからの時代、益々重要になると考える。コロナ禍であっても大局的な視点から祭り・年中行事のあり方を比較考量し,地域力向上に祭り・年中行事を活用することが求められる。
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戸所 隆
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