世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2609
世界経済評論IMPACT No.2609

騒ぎすぎの米国バブル破裂論

武者陵司

(株式会社 武者リサーチ 代表)

2022.07.25

 大波乱の2022年前半を終えた。前半の株式パフォーマンスは,TOPIXは▲5%と,S&P500▲20%に比し堅調だったが,ドルベースでみると▲20%と米国並みの下落であった。ただ,世界株価は今年前半でほぼ底打ちしたのではないか。後半から2023年にかけて波乱は残りながらも,徐々に堅調になっていく公算が大きい。今は絶好の投資場面かも知れない。

 今後3つの好材料が期待できる。①インフレピークアウト,②利上げ一巡感の醸成,③連邦準備制度理事会(FRB)は良いインフレを殺さない,である。

(1)インフレは確実にピークアウトする

 今のインフレは極めて特殊で,異なるいくつかの要因が重層的に高インフレをもたらした。かつてのインフレ論を一般的に当てはめるのは間違い,「景気過熱による賃金上昇がインフレの原因なので,景気を冷やすことが必要だ」という一般論を,軽々に当てはめることは危険だ。

 インフレの第一の原因は,サプライチェーンの混乱である。耐久財は米国でも日本同様長期的に下落することが常態なのに,それが急上昇した。典型が半導体不足による自動車の大幅な減産である。供給難から新車・中古車価格が急騰した。またコロナ禍の下での巣ごもり需要でPC・スマホなどが急増し価格上昇に拍車をかけた。しかしサプライチェーンの制約は今後緩和していく。港湾での船舶渋滞は急速に改善し,運賃が値下がりしている。また巣ごもり需要の一巡でPC・スマホが生産調整に入り,メモリなど半導体価格が下落し始めている。またドル高によるCPI下落圧力が見込まれる。ドルは既に前年比10%ドル高になっており,それだけでCPI全体を約1.5%引き下げる。

 インフレの第二の理由は,戦争による原油・ガス・穀物価格の高騰だが,これもピークアウトする可能性が高い。ロシア禁輸の代替エネルギーが模索され,ドイツでの石炭火力の増産,LNG輸入,EUでの原発稼働強化,サウジなどでの原油増産が追及されている。他方ロシアからのガス・原油供給はインド・中国向けなどの輸出先シフトにより大きくは減少しない。供給は増え,世界経済成長鈍化により需要は軟化する。米国のCPI非耐久財指数もピークアウトしていくだろう。インフレの第三の理由は賃金上昇である。インフレによる購買力低下を補填するための賃金上昇は2021年後半から加速していたが,前月比ベースでは鈍化してきた。以上から今年後半以降,物価データが顕著な上昇率低下を示すことになるだろう。

(2)金融市場はFRB引き締め一巡を予見している

 6月の連邦公開市場委員会(FOMC)では2022年末の政策金利3.4%,2023年末3.8%との想定が示された。これまでの累計利上げ幅は1.5%。FOMCは,年内にさらに1.65%~1.9%,2023年にはさらに0.4%の利上げを示唆していることになる。しかし市場はそれを信じていない。米国債利回りはすでにピークアウトしている。インフレが顕著に鎮静化すると予見し,FRBの利上げ中断を見越しているのである。国債利回りと物価連動国債(TIPS)との差で計算される期待インフレ率は,3月末の3.0%がピークで直近7月21日は年2.3%と大きく低下している。

 米国長期金利の低下が,景気失速を予見しているとの見方があるが,それは違う。むしろ10年国債利回りがFOMCの予想する最終政策金利3.8%以下でピークを打ったとすれば,それはポジティブなことである。長い間弱気派は米国の長期金利低下が景気失速の前兆であると主張し続けたが,それは過去40年間,間違い続けた解釈であった。米国長期金利(10年国債利回り)は2000年頃以降,名目経済成長率を大きく下回るようになった。これこそが持続的経済成長と長期株高の根本原因であり,それが2022年のインフレ急騰と年前半の株価暴落の下でも継続している。景気と株価に強気になれる最も重要な条件と言える。

(3)なぜFRBは本質的にハト派なのか

 米国株式に対して楽観的になれるより根本の理由は,米国で健全なインフレが起きておりFRBはそれを殺す過剰引締めは行わないと考えられるからである。米国経済は基本矛盾に直面している。r1>g>r2(利潤率>成長率>利子率)である。企業の超過利潤が金融市場に滞留し歴史的低金利を惹き起こしてきた。これまでのところこの高利潤と低金利の組み合わせが株高を誘導してきたが,両者の乖離が際限なく広がれば経済は大恐慌に陥ってしまう。その根本的で望ましい解決策は賃金の上昇による消費の拡大である。

 今起きている賃金上昇は良い賃金上昇である。第一にトラック運転手など低賃金のマッスルワーク労働者の賃金が上がっているが,高賃金の情報産業,公益産業,金融産業などでは下がっており格差が縮小している。第二に企業の求人難が続いている中で,労働者の自発的離職者数が過去最高になっているが,これは労働者が職を選んでいることを示している。第三に求人企業は価格転嫁能力がある企業であり,企業の超過利潤が賃金上昇に転換されることにより,消費が高まり成長率が上昇すると予想される,の3つが理由である。

 2016年頃より企業の単位労働コストが上昇し,労働分配率も底入れ反転し,その傾向がコロナショック以降も継続しているが,どちらも家計の労働所得を高めるもので大変ポジティブな動きと言える。米国経済の最大の問題は企業部門や富裕層に超過利潤が蓄積されそれが実需に結び付きにくいことにあるが,それが是正されつつあるのである。

 以上の良いインフレを米国の経済司令塔,財務省とFRBは熟知しており,オーバーキルはまず惹き起こさないと考えられる。今まで米国の過剰金融緩和がバブルを作った,その咎めでバブル崩壊と深刻な景気後退が迫っている,とのセンセーショナルな見方は的外れである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2609.html)

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