世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国の台湾戦略——現状維持が最善か
(兵庫県立大学 名誉教授)
2022.07.18
ロシアがNATO加盟国や日本・オーストラリアなど40カ国から経済封鎖され,国家破綻が迫るなか,北京政府は煮え切らない態度をとっている。ロシアは世界から孤立し困窮する中,ますます中国に依存せざるを得ない。その反面,中国は何とかしてロシアから距離を置きたいと考える。中国がロシアに近づきすぎると,欧米諸国や日本・オーストラリアなどから制裁を受ける。中国はロシアどころではない重大な課題,台湾「統一」を抱えている。
北京政府は,ロシアのウクライナ侵攻の初期段階では,ロシアの優勢を信じて疑わず,短期で決着すると期待していた。西側諸国は分裂気味で,旧社会主義国の救済には乗り気でないと予想した。ところが事態は逆方向に進んだ。NATO(米・EU)を中心にオーストラリアや日本,そして韓国までが「反ロシア」で結束した。もし中国が武力で台湾「統一」を図れば,日本やオーストラリアを含む西側諸国から,ロシア以上の制裁を受けることになる。中国の経済規模はロシアの10倍もあり,グローバル経済の浸透度はロシアの比ではない。経済封鎖を断行すれば,西側先進国も甚大な損害を受けるが,グローバル経済に依存して成長してきた中国経済は崩壊の憂き目に会う。もし,中国が台湾の軍事「統一」に乗り出したら何が起きるか。思考実験をしてみる価値はあるだろう。
ロシアのウクライナ侵攻は戦車を連ねて一気に国境を超えたが,中国の台湾武力「統一」の場合は,台湾海峡を越えるのに大船団を組織しなければならない。中国各地の軍港から船団を集め,台湾の対岸に集結するのには時間がかかる。米国や日本の偵察衛星が情報収集し,中国の軍勢に対応して日米・台湾軍の準備が極秘に進む。中国軍の大船団が動き始めても,ロシアのウクライナ侵攻のようにはいかない。台湾海峡の中間線を越えたあたりで警告がなされ,それを無視して台湾の西海岸(中国大陸側)に近づくと,米・台湾軍による一斉攻撃が始まるだろう。広い海上では隠れる場所もなく,大船団の過半数はミサイル攻撃で失われるだろう。
これを防ぐためには,事前に台湾と米軍基地の攻撃用ミサイルを破壊する必要がある。また,防備が手薄な台湾の東海岸(太平洋側)に兵力を向け,上陸・占拠しようとするだろう。航路の安全確保のために,事前に尖閣諸島を占拠する必要がある。沖縄の米軍基地へのミサイル攻撃といい,尖閣諸島の占拠といい,それは宣戦布告なき日本攻撃になる。これは日本の世論を沸騰させ,憲法9条の改正,再軍備への国民運動を引き起こすだろう。「軍事費GDPの2%」が実現すれば日本は中国に次ぐ世界第3位の軍事大国になる。
中国軍が台湾の攻略に成功し,東海岸の一部の地方都市を占拠,次の大都市攻略に向けて進軍したとしよう。台湾政府は最後の一手を打つかもしれない。国際法に違反することは承知の上で,中国本土の公共建造物に対する長距離巡航ミサイル攻撃である。例えば,三峡ダムのミサイル攻撃が考えられる。三峡ダムが破壊されれば,中国の肥沃な農地,工業地帯,重要な情報拠点は壊滅的な打撃を受ける。国際都市の上海までが水浸しになり,機能停止する。中国の中央政府と地方政府は,この大水害の復旧活動に国力を使い果たすだろう。台湾に侵攻した中国軍は,自国に引き返さざるをえない。
この事態を西側諸国は「中国の敗北」と認定し,「中華民国 台湾」の独立を宣言するかもしれない。これは台湾「統一」を目標にしてきた北京政府にとって最悪の事態になる。しかも,この間のいざこざ(例えば国有化)によって,台湾資本は中国本土から撤退し,技術移転も中止されるだろう。台湾企業の投資や技術移転で潤っていた河南地方は急速に衰退する。
北京政府にとって予期せぬ展開は,日本の再軍備である。これは,中国大陸,朝鮮半島やロシアはもちろんのこと,東南アジア諸国にとっても重大事である。米国を始めとする西側諸国は賛成でも,周辺のアジア諸国は警戒を強めるだろう。残念なことに北京政府がその切っ掛けを作ってしまう。
以上の思考実験の結果は明白である。中国にとって台湾戦略は「現状維持」が最善ということになる。決してロシアの真似はすべきではない。武力「統一」は放棄すると宣言するのが一番良いが,建国以来のポリシーだから直ぐには看板を下ろせないだろう。したがって,建前上は台湾の「統一」と言いながらも,本音は「経済交流の推進」を旨とする。「一国二制度」をさらに進めて「一民族二制度」にする。同じ中華民族であることを前提に,「兄弟は仲良く,喧嘩せず」をモットーにする。中国は国民が多いので「社会主義」を重視するが,台湾は少数精鋭なので「民主主義」を標榜する。将来は,両者が融合した「社会民主主義」の国家を目指す。多様性と融合(ダイバーシティーとインクルージョン)を基盤としたダイナミックな社会を建設する。中華系の人々は台湾人だけではない。東南アジアはおろか欧米にも日本にも在住している。それらの人々も包摂(インクルージョン)する新しい社会の建設こそが次の目標である。21世紀の最大課題,地球環境問題の克服が迫っている。軍事衝突にヒトやカネを無駄遣いする余地はない。未来の人類の視点を踏まえて行動すべきである。
関連記事
安室憲一
-
New! [No.3637 2024.12.02 ]
-
[No.3548 2024.09.02 ]
-
[No.3433 2024.06.03 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]