世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2584
世界経済評論IMPACT No.2584

SOECメタネーション:サバティエを超える大阪ガスの脱炭素への挑戦

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.07.04

 2022年3月29日,大阪市此花区酉島にある大阪ガスのカーボンニュートラルリサーチハブ(以下,CNRHと表記)と導管技術センターを見学する機会を得た。このうちCNRHは,次世代メタネーション技術のなかでも特に注目を集めるSOEC(固体酸化物形電気分解セル)メタネーションの開発に取り組む世界的拠点であることで,よく知られている。

 カーボンフリーの水素とCO2(二酸化炭素)とから都市ガスの主成分であるメタンを合成するメタネーションは,都市ガス産業のカーボンニュートラルをめざす施策の柱である。合成メタンであっても燃焼時にはCO2を排出するが,製造時にCO2を使用することによって相殺されると考えられ,カーボンニュートラルとみなされるわけである。

 サバティエ反応(CO2+4H2→CH4+2H2O)を用いる既存技術のメタネーションで生産される合成メタンの使用は,水の電気分解で得られる水素の直接利用に比べてエネルギー効率が悪い。にもかかわらず日本の都市ガス業界がメタネーションに期待をかけるのは,既存のガス導管をそのままの形で活用できるからである。水素は,メタンに比べて,容量当たりの熱量が小さい。そのため,メタンを水素の直接利用に切り替えて熱需要にこたえようとすると,既存のガス導管だけでは足りず,大規模な導管投資を行わなければならない。これを避けるために日本の都市ガス業界は,「カーボンニュートラル化の切り札」としてメタネーションに取り組んでいるわけである。

 大阪ガスも,INPEXと連携して24~25年にINPEX長岡鉱場(新潟県)で,サバティエ反応による毎時約400N㎥規模のメタネーション実証を行う予定である。そして30年には,「グリーン水素」が低廉に調達できる海外で毎時約1万N㎥(注)の大規模実証を開始し,そこで生産される合成メタンを輸入して,供給する都市ガス販売量の1%,約6000万N㎥を合成メタンで充当する方針を明らかにしている。

 大阪ガスは,これとは別のバイオ技術によるメタネーション実証にも取り組む。見学前日の22年3月28日にプレスリリースした,大阪市の海老江下水処理場で22年度中にフィールド試験を開始するバイオメタネーションが,それである。大阪ガスは,25年に開催される大阪・関西万博でも,バイオメタネーションの技術を披露する予定である。

 大阪ガスのCNRHでは,これらの準備に取り組むとともに,サバティエ反応を超える革新的メタネーション技術の開発も進めている。それが,SOECメタネーションだ。

 SOECは,再生可能エネルギー由来の電力により水蒸気をCO2とともに約700℃の高温で電気分解して水素とCO(一酸化炭素)を生成し,そのうえでさらに触媒反応によって合成メタンを製造する技術である。SOECには,①外部から水素を調達する必要がない,②水の電気分解で得られる水素よりも変換効率がよくCO2削減効果が大きい,③ランニングコストの大部分を占める電力の使用量が少なくてすむ,などの大きな特徴をもつ。①は,システム内部で水素を生成するから,水素の外部注入の必要がないのである。サバティエ反応による従来の方式では,当初の投入エネルギーが水の電気分解で20~30%失われ,メタネーションのプロセスでもロスが生じるため,変換効率が55~60%にとどまる。一方,SOECの場合には,電解水素を注入する必要がなく,発熱反応と吸熱反応とをうまく組み合わせることもあって,エネルギーロスが縮小し,変換効率が85~90%に達する。これが,②である。また,③がメタネーションのコスト削減にとって大きな意味をもつことは,言うまでもない。

 さらに,SOECメタネーションは,CO2ではなくCOをベースに合成メタンを製造するが,各種合成反応等と組み合わせるとプロパネーションやブタネーション,合成液体燃料(e-fuel)生産にも応用が可能である。その意味でSSOECメタネーションは「カーボンニュートラル合成燃料」技術の中核となりうるのであり,その実用化は,ノーベル賞級の価値をもつと言える。

 SOECメタネーションのコスト削減とスケールアップのために,CNRHでは,従来のセラミック支持型に代わる金属支持型の新型単セルの開発に全力をあげていた。大阪ガスは,SOECメタネーションについて,22~24年には需要家約2戸相当分のプロトタイプを立ち上げ,25~27年にそれを約200戸相当分のベンチスケールまで引き上げたあと,28~30年に約1万戸相当分のパイロットスケール(毎時約約400N㎥)を動かす予定である。

 このほか,CNRHでは,バイオマスを燃料にした場合,酸化鉄を循環させることによって,グリーン水素,グリーン電力,バイオ由来高濃度CO2を同時に製造することができるケミカルリーピング燃焼装置も見学した。また,アンモニアエンジンの開発やVPP(仮想発電所)への取組みなどについても,説明を受けた。

 CNRHに隣接する導管技術センターでは,数々の最新技術について,実演付きで教わった。ガス管の位置情報を正確に把握するための「絶対座標」の付与,3D写真技術の導入による工事後の竣工図の自動作成,車載式検知器と絶対座標・人工衛星とを組合せた次世代ガス漏洩検知技術,事故を未然に防ぐ他工事自動検知AI(人工頭脳)カメラ,地下探査のあり方を一新するAIレーダーロケーター,などである。

 CNRHでお会いした技術者の皆さんは,人類の未来を切り拓く使命感に満ちていた。導管分離を直前に控えた導管技術センターのスタッフの方々からは,安全を確保する作業をさらにバージョンアップする決意が感じられた。たくさんの「輝く瞳」に出会うことができた,素敵な早春の酉島での一日であった。

[注]
  •   N(ノルマル)は0℃,1気圧の標準状態を表す。ガス量等を表す場合に用いる。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2584.html)

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