世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2583
世界経済評論IMPACT No.2583

欧州発の標準化提案はかなり場当たり的である

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.06.27

 とかく我が国は欧州に比べて世界的標準を確立する力が弱いと言う話が巷に溢れている。確かに欧州は国家機関や大企業の中に標準化作業を生業としている部署が存在する。さらに官民で「認証」を与える機関を勝手につくり金儲けにまでしてしまう。例えば,品質管理の国際規格ISO9000シリーズは多くの企業が採用している。この監査を受けるために製造現場は多大な労力を払い,かつ主に英国の認証機関に多額の費用を払ってレクチャーと認証をしてもらう。毎年の現場負担ゆえ,昨今の品質管理違反事例の頻発を鑑みると会社全体で形骸化している事例が多いと思われる。

 米国で工業技術標準化への強い影響力を持つNational Institute of Standards and Technology (NIST)は,将来を見据えて産軍官学が協調してテーマを定め,場合によっては自ら新規技術を研究創出する機能を有している。2000年代から量子コンピューターの基盤技術開発を工場並みの設備で進めだけではなく,敷地内に小型原子炉を保有して研究開発を行っている(なお,周辺は高級住宅地である)。欧州はフレームワークプログラム(FP)という枠組みでテーマごとに拠点を定めて運営している。若手教育や巨額資金を要するCERN(放射光施設)等はEuropean Scientific Institute (ESI)が管理運営する(筆者は一時期ESIのInvited Facultyを努めた)。工業規格であるJIS/ISOについて我国では産総研の中に事務局を設置しているが,標準を担う部署は企業や産総研内の部門に委託して得られた成果の調整役である。

 我国では欧州の発信をありがたがる風潮が強く,特にドイツを崇め奉る一種宗教的にも思える評論家や環境推進派が目立っている。欧州を理想と捉える方々には申し訳ないが,国際標準を討議する委員会の極初期会合や標準化作業に参加した経験から,欧州の自分本位の場当たり的態度を開示する。

 ナノテクが勃興して産業化が始まった頃,ナノテクビジネス協議会からナノの安全性に関する国際標準化準備会合へ参加してもらえないかという打診を受け引き受けた。OECD/ISO合同の最初の国際会議(日欧・北米・豪,その他)が東京お台場出開催されることになった。米国代表団の,いわゆる「シェルパ」責任者が知り合いのNASA部長だったので,会議前日に東京某所に呼び出されて米国側シェルパ団と非公式意見交換と日本代表者への伝達を依頼された。日本側は事前に論点をまとめ,会議初日早朝に日米で「落とし所」をすり合わせて会議に臨んだ。型通りに日米加の順に代表者の意見表明の後,欧州代表兼当該国際会議の議長を努めていた英国の意見表明で日米は腰を抜かした。なんと,ナノテクに関する標準化と安全性の議論を,「3年間のモラトリアム」とすることを提案してきたのである。既にドイツ,ベルギー,フランスもCNT製造推進を発表していたので驚いた様子であった。

 当時2000年代半ば,ナノテク技術は日米がリードしていて欧州はかなり出遅れていた。そのため,ナノテク全体の国際標準化議論も日米の研究開発報告を基準として進められていた。2005年ロンドン同時爆弾テロの直後にロンドンのRoyal Societyで行われたナノテクの安全と社会受容に関する日英会議(実質的に米国と欧州から責任ある代表が参加)を受けて,ナノテク産業化のために早急に技術と安全性担保のための標準化が求められていた。筆者はこの会合で,ほとんど偶然であるが米国のナノテク推進の司令塔NNIのナンバー2の方と意気投合した。紹介を受けて直後に数回米国を訪問,米国のナノテクキーパーソンの方々と直に話をしていた。この内容を日本の関係機関に情報提供していたので,日米間は「お台場会議」の前までにかなり論点整理ができていたのである。

 「お台場会議」で英国(欧州代表)がモラトリアムを提案してきて,急遽,米国から日米代表同士の緊急打ち合わせの申し入れがあり,双方少人数で2時間余の討議になった。この討議途中で,ナノテク工業化には強い懸念を表明していた,つまり早急に基準策定推進を望んでいた豪加代表も呼び入れられた。会議自体も午後6時に終了してディナーの予定が,サンドイッチとコーヒーで代替され午後9時まで行われた。結果的に,欧州提案に対して日米豪加といくつかの国々の反対(独仏白は棄権)でモラトリアムは否定された。採決までに英国も黙っていたわけではなくその他の国々の代表を説得に周っていたが成果を得られなかった。その結果,2日目は予定通りに分野別の議論に進むことになった。

 モラトリアム提案は,大陸内でも意見が割れていた一部の欧州勢力と英国による遅れを挽回しようという姑息なものであった。その後もしばらくの間,英国は「ナノテクの危険性が不明なので」Control Banding Risk Assessment (CBRA)を使おうという主張をしてきた。CBRAとは,基本的な化学物質物性が既知であることを前提とした,主に発展途上国向けに簡易な化学物質安全管理で労働者を守る考え方・手法である。当然,情報が不十分なナノテクに適用するのは無理筋なのだが,すべて新規なものを危険とみなすという環境団体的発想のものである。挙句の果てに,2010年代以降,ナノテクの基準の主導を握りたい独連邦政府担当が言い始めたのは「埃っぽさ」という定量化不可能の評価方法である。これは欧州でも採用されていない。なお,欧州もドイツ以外は2010年までにナノテク推進に方針を変えた。逆にドイツはデータ無しで規制を提案してくるようになった。

 この経験から,欧州,特にドイツを中心とした環境保護団体や市民団体が実現不可能な「崇高」な提案を主張し始める時は,該当する科学技術,工業生産力の競争力が無いと,筆者は考えるようになった。実際に自動車でBEVに向かうことについても,ドイツはパワー半導体以外の重要技術インフラを大慌てで海外から導入している。ナノテク標準と安全性についても南欧や東欧がアプリケーション開発を進めている状況に対してドイツは足を引っ張るような提案をするので,EC内でドイツとその他の国々というグループ分けが生じている。

 国連などを通じて行う崇高な理念と理想の提案は,人類や地球の事を思っているわけではない場合が多々あることを日本人は気がつくべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2583.html)

関連記事

鶴岡秀志

科学技術

最新のコラム