世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2563
世界経済評論IMPACT No.2563

「財政と金融の癒着合体」をなんとしても阻止せねばならない:リカードはスミスを曲解までして貨幣数量説に飛びついた

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2022.06.13

 アダム・スミスの労働価値論・分配論を発展させ,古典派経済学の完成者と評価されているディビッド・リカードだが,スミスが葬りさった貨幣数量説をあの世からよみがえらせたのも,リカードであった。なぜリカードは,そのようことをしたのだろうか?

 リカードは地金論争で経済学者としてデビューしたが,彼を一躍有名人にしたのは,1809年8月のモーニング・クロニクル誌発表の論説「金の価格」であり,そこで彼は次のように述べた。「わが国の通貨におけるすべての弊害はイングランド銀行の過剰発行,言葉をかえていえば,以下のことを賦与されている同行の危険な権限がその原因であることが明らかとなるであろう。すなわち,彼らが思いどおりにあらゆる貨幣資産家の財産の価値を減少させるということ,および食糧やすべての生活必需品の価格を騰貴させることによって,一般の年金受領者や,所得が固定的であってそのために彼ら自身の肩からその負担の一部分をすこしもほかに転嫁しえないこれらすべての人々に,損害を与えるということ,これである」。リカードは,イングランド銀行が貨幣発行権限を悪用して大衆を収奪し,利殖をふくらませていることが,彼の正義感からして許せなかったのである。

 これ以降彼は,ロック,スミス,ステュアート,ソーントンなどの経済学を学び,1810年に,『地金の高い価格,銀行券の減価の証拠』を刊行した。ここで彼は,スミスの『国富論』を1ページにもわたり引用し,「この問題にかんするスミス博士の次の見解は非常に重要なので,私はそれらの見解を分別力のあるすべての人の真剣な注意力に訴えざるをえない」と呼びかけた。それは,「鋳貨の名称の引上げは,実質的な国家破産を,いつわりの償還という見せかけでごまかしてしまう,もっとも月並みな便法であった」から,「はなはだしく有害なこの種の手品めいた策略に訴えるようなら,国家の栄誉も,まったくかたなしというほかはない」でおわる一節である。そして次のように続けた。「その資本金や貯蓄より数百万も多く政府に貸付けをおこなっている一銀行が,はたしてその政府から独立していると考えられうるかどうか,おそらく疑問がもたれるであろう。…(中略:紀国)…支払制限法が必要となったのは,イングランド銀行と政府とのあいだのあまりに緊密すぎる結合のためであって,その支払制限法が継続しているのもまた,その原因によるのである」。リカードは,腹の底から怒っているのである。スミスがこれほどまで警告していたのに,「財政と金融の癒着合体」がこのイギリスにおいて起きていたからである。

 このようにしてリカードは,イングランド銀行が銀行券を過剰発行して物価上昇を引き起こしたのだと厳しく批判してきたが,この論陣に好都合だったのが,貨幣数量が増加すればそれは減価して物価を上昇させるという貨幣数量説だった。彼はこれに飛びついた。

 リカードは,スミスの『国富論』を引用紹介しては,次の三つのトリックを使ってスミスを貨幣数量説に曲解した。一つは,スミスが金属貨幣の生産費低下や貴金属分量の減少によって貨幣減価が発生して貨幣数量の増加が起きるといっているのを,貨幣数量の増加によって貨幣減価が起きると,反転させるトリックである。二つめは,生産費低下や摩損によって減価する金属貨幣の原理を,材質上起こりえない紙券貨幣にも同じように起きると見せかける一体視トリックである。三つめは,紙券貨幣の重要な減価要因とスミスがいう紙券発行者の「財産,誠実さ,慎重さ」に対する不信を,わざと遠ざける方法である。

 リカードは,死の間際まで,「財政と金融の癒着合体」を阻止できる貨幣・金融制度のあり方を考え続けた。遺稿となった1824年刊行の『国立銀行設立試案』では,民営だが事実上の中央銀行のイングランド銀行を国立銀行に改組し,貨幣発行特権や公金の管理から生じる利益を社会に還元し,その管理運営は,議会によって選ばれ議会にのみ責任を有する5人の通貨統制委員会に委ね,彼らには,議会による以外には解任されないこと,大臣との取引や接触が禁止されること,政府の支配に屈しないこと,神聖な権限を行使すべきことを求めた。日本と世界の中央銀行制度は,これに学び,変革しなければならない。

(詳しくは,紀国正典「貨幣数量説と貨幣減価の謎(2・完)―アダム・スミスの残した課題―」高知大学経済学会『高知論叢』第121号,2021年10月参照。この論文は,金融の公共性研究所サイト「国家破産とインフレーション」ページからダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2563.html)

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