世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシア経済制裁による中国の損失
(放送大学教養学部 客員教授)
2022.06.06
(1)存在の小さいロシア:世界第11位のGDP占有率
まず2020年の世界の人口について,中国とインドが14億人でアメリカ3.3億人であるのに対し,ロシアは1.65億人と全世界の1.9%である。因みに日本の人口は1.25億人である(注1)。
つぎに,新型コロナ発生前の2019年の名目GDPのシェアを見ておこう(IMF)(注2)。ロシアのGDPは,世界第11位の170百億ドルであり,韓国の164百億ドルとほぼ同じである。これに対し,アメリカは2,143百億ドルで12.6倍の規模である。日本が507百億ドルで約3倍だ。ロシアは高金利政策などで経済制裁後に急落したルーブルの為替レートを引き戻した。経済制裁が浸透し,仮に為替レートが半分になるとドルベースのGDPも半分となり,「台湾」の610百億ドル近くなり,インドネシアの112百億ドルより低い水準となる。
新型コロナ発生後の2021年の名目GDPの状況もほぼ変わらない。ロシアのGDPは177百億ドルで世界第11位である。アメリカは2,299百億ドルでロシアの13倍。この時点で韓国は,179百億ドルとロシアを上回った。
なお,注目すべきは,中国が,1,745百億ドルとアメリアの4分の3にまで迫ってきた点である。
(2)1次産品の石油に依存する輸出構造
ロシアの貿易相手国を見ると,中国の占有率が高く,輸出に関して2018年が12.5%で,2020年は14.6%であった。輸入に関しては,2018年が21.9%で,2020年は23.7%であった。
ロシアの品目別輸出で見ると,石油を含む燃料・エネルギー製品の割合は,2018年が63.8%で,2019年は62%であった(注3)。世界第11位の経済を支えるのは石油である。品目別輸入のうちで最大の占有率は,機械・設備・輸送用機器等で2018年が47.3%で,2020年は47.6%であった。ロシアが中国に石油を輸出し,中国がロシアに機械・設備・輸送用機器等を輸出している構造が見て取れる。
しかし,最先端設備の世界からの禁輸措置は,長期的にロシアの設備投資に大きな負の影響を与え,経済成長を停滞させると考えられる。
(3)技術進歩による原油問題の克服:石油先物市場の価格の乱高下
ロシア経済は原油価格に大部分を依存する。その原油価格の指標となるのは,アメリカのWTI(West Texas Intermediate)原油の先物市場である。この価格が2020年4月20日に1バーレル当たり―37.63ドルをつけた。この時期にはロシアのウクライナ侵攻は難しかった。
この価格が,わずか2年後,ロシアのウクライナ侵攻後の2022年3月7日には130.50ドルとなった。1次産品である原油の先物市場価格の乱高下は通常であるが5月26日時点でも111ドルである。
原油の埋蔵量は,ベネズエラが1位で3,038億バーレルであり,サウジアラビアが2位で2,975億バーレルである。ロシアは6位で1,078億バーレルである(注4)。アメリカは,9位で687億バーレルであるが,原油価格によりシェールオイルの生産が可能となる。アメリカのシェールオイルの開発コストは,条件の良い鉱区の場合は30ドル程度であるといわれる(注5)。バイデン大統領は,この生産に環境配慮から積極的ではなかったが,ロシアへの対応から変化する可能性もある。
石油のような1次産品が需給ひっ迫すると,価格が急騰する。次に,「代替生産」が起こり,価格は急落する。また,歴史的に,時間をかけると「技術進歩」が1次産品問題を克服する(注6)。1次産品問題はイノベーションにより克服され,今日がある。したがって,ロシア抜きの世界経済は存立可能である。
(4)アメリカの戦略:根底にある米中覇権争い
以上の経済状況を踏まえて世界のロシアへの経済制裁の効果を評価する際に,ロシアのウクライナ侵攻の根底にあるのは米中覇権争いである。中国のGDPがアメリカのそれに近づいていることを示したが,日経リサーチの予測は2028年に追い抜くと予測した(注7)。『フォーチュン世界500大企業』の数で中国は,アメリカのそれを2020年に初めて上回った。
(5)長期的な経済制裁の効果:中国の損失
ロシアへの経済制裁の効果は,短期的には石油など禁輸する国があっても追加的に輸入する国もあり,弱められる。中長期には,高価格が維持されれば,石油はロシアからアメリカなど代替が進む可能性があり,小さなロシア経済が更に弱体化する。つまり,中長期に経済制裁は有効である。
ただし,ロシアがよく言われる北朝鮮化するとしても経済制裁によりプーチン大統領を排除できるかといえば難しい。強権国家が管理を強化しても北朝鮮,中国でも政権を変えるまでには進まない。
こうした状況下で,アメリカは,中国を意識したロシアへの制裁を継続することは理解できる。中国の最大の損失は,現状の戦争犯罪者であるプーチン氏と習近平氏の同盟が続けば,中国がロシアと同じ強権国家として世界のブランド化される点にある。現在の第4次産業革命下では,「世界全体からの多様性のあるイノベーション人材」の招致が不可欠である。
ロシア制裁の継続は,中国強権国家ブランドを確定し,中国への世界からの人材招致を難しくする。したがって,「人口減少時代」に入る中国が,米中経済覇権争いでアメリカに対抗できなくなる。これこそが,中長期のロシア経済制裁の効果となる。中国の早急な正常化が望まれる。
[注]
- (1)IMF-Economic Outlook Database, Jan. 2022.
- (2)IMF-Economic Outlook Database, Jan. 2022.
- (3)ジェトロ,世界貿易投資報告2019年,2020年,2021年。
- (4)British Petroleum. Global Note, 「世界の原油(石油)埋蔵量 国別ランキング・推移」2022年5月26日アクセス)。
- (5)岩間剛一,「戻らない米国のシェール生産」(2022年5月26日アクセス)。
- (6)平島成望,浜渦哲雄,朽木昭文,『一次産品入門』,1990年3月,アジア経済研究所。
- (7)日本経済研究センター予測(2020年12月11日,日本経済新聞)。
- 筆 者 :朽木昭文
- 地 域 :アジア・オセアニア
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際経済
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