世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2537
世界経済評論IMPACT No.2537

日本の国際競争力の復権とタレント不足への処方箋:日本はなぜ高度外国人材の活用が遅れているのか

池下譲治

(福井県立大学 特任教授)

2022.05.16

 日本の国際競争力はバブル崩壊以降,低下の一途を辿っている。背景には,グローバル化やデジタル化への対応の遅れをはじめ,タレント(高度人材)の育成や誘致面で他の諸国に大きく劣後しているといった現状がある。国際経営開発研究所(IMD)によると,日本は2021年のタレント競争力ランキングで世界39位にまで落ち込んでいる。同ランキングでは「教育分野への投資」「タレントの誘致」「国内におけるタレントの育成」という3つの分野から評価がなされているが,日本は64カ国中,夫々,36位,27位,48位であった。中でも,「管理職の国際経験」は最下位(64位),「企業ニーズに合った語学力」は62位,「高度外国人材にとっての魅力度」は49位,となっている。同様の調査を2019年に実施した世界経済フォーラム(WEF)は,日本では,「労働力の多様性」において141カ国中106位,「クリティカル・シンキングに基づく教授法」が同87位であるなど,世界の教育改革の流れからの遅れや構造的硬直性が,本来,日本人に備わっているはずのイノベーション力を阻害している,と断じている。

 日本の国際競争力の復権には,海外への研修・留学の促進などを通じたグローバル人材の育成と共に,高度外国人材の誘致を図ることが不可欠である。海外では,審査をパスすれば4万ドルの無償資金と1年間の滞在ビザが付与される「スタートアップ・チリ・プログラム」のように,世界中から起業家を集め,チリ国内でスタートアップ活動をしてもらうといった取り組みも進められている。

 一方,入口は異なるが,現在,もっとも注目されているのが,高度外国人材の最大の供給源である留学生をタレント予備軍として位置付けるアカデミックゲート型アプローチである。留学生についてはその経済効果も無視できない。NAFSA(国際教育者協会)によると,米国では,2013/14学年度の国内留学生による経済効果は268億ドルに上り,34万人の雇用創出に貢献している。こうしたことから,2005年度以降,専門職を対象とするH-1Bビザが,米国で修士号以上を取得した者にも支給されるようになるなど,欧米を中心に留学生の国内就労を支援する動きが活発化している。

 日本でも,留学生30万人計画において,非漢字圏からの留学生受入れ拡大を視野に「英語学位コース」の設置が促進されたほか,「外国人専任教員」の増員や「全学生数に占める外国人留学生数」を2023年までに2013年の約2倍にするといった目標を掲げ,国際通用性や国際競争力の強化に取り組んでいる。こうした努力により,日本への留学生は2019年には31万人を超えるなどコロナ禍に見舞われるまで目標を上回るペースで増加してきた。ユネスコによると,日本の高等教育機関に占める留学生の割合も2008年の3.2%から2019年には5.2%に増加するなど,北米・欧州の水準(同7.1%)に近づきつつある。

 ただし,出身地をみると,アジアが全体の9割強を占めるのに対し,欧米は5%にも満たない。中でも,中国からの留学生が全体の4割強を占め,2位のベトナムと合わせると全体の6割を超えるなど,出身国の偏りが際立っている。産経新聞(2020.10.14付)によれば,中国からの留学生には「学術スパイ」問題によりビザの審査が厳しくなった欧米に拒絶された者も含まれているといった情報もあり,日本でも当該ビザの審査を厳格化する措置が取られつつある。また,高等教育機関に通う留学生の凡そ3人に1人が東京に在籍するといった東京一極集中が進んでいるが,地方との格差の拡大も懸念される。

 こうした中,留学生の国内就職が増加する一方で,就職に関する留学生と企業とのミスマッチが拡大している。総務省によると,2017年度は,留学生全体の約65%,大学・大学院の留学生では7割近くが国内企業等への就職を希望していたものの,実際に,希望通りに国内企業に就職できたのは,全体の3割程度,大学・大学院の留学生でも5割に過ぎない。一方,大学・大学院を卒業したものの,就職せずに出国した留学生は4割近く存在する。このことは,日本での就職を希望しながらも,それが実現せずに出国した者が相当数含まれている可能性を示唆している。さらに,就職したものの,企業に馴染めず入社後すぐに辞めてしまう留学生が多いことも問題視されている。背景には,日本語やメンバーシップ型の雇用制度をはじめとするさまざまな「壁」の存在がある。

 こうした現状を打開するために,今必要なのは,外国人材が働きやすい環境を,国を挙げて創出することである。たとえば,「英語での採用が可能な企業の公表」をはじめ,留学生を採用した企業に対する「表彰制度」や「補助金の付与」といった政策支援のほか,企業サイドでも,留学生の希望や特性を考慮した「ジョブ型雇用」の暫定的導入などが考えられる。わけても「文化の壁」を乗り越えるのに有効なのは,自分が思ったことを表現しても不利益を被らないと感じられる状態,すなわち「心理的安全性」を組織内に創造することである。地方の中小企業に対しては,留学生と地域をつなぐ人材マッチングサイトが九州や北信越地域で開発されているが,産官学によるさまざまな支援制度の利用促進とそうしたムーブメントの広がりに期待したい。最後に,何よりも重要なのは,これまで一部の国や漢字圏に依存してきた高度外国人材や留学生の出身地域を拡げ,日本経済における「労働力の多様性」を実現することである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2537.html)

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