世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
林外務大臣のモンゴル訪問の成果は?
(STRパートナーズ 代表・元モンゴル国立大学 教授)
2022.05.09
私が林外務大臣のモンゴル訪問に関する第一報を得たのは4月29日のことであった。いつものようにモンゴルに関する情報交換をしていると,そのモンゴル人の友人から「明日,林外務大臣が来るので,その準備をしないといけません」と言われた。私は,常日頃からモンゴル関連に関しては関心を持っているモンゴルウォッチャーの一人であるが,残念ながら林大臣がモンゴルに行くことは全く知らなかった。現にネットで調べても,事前にはほとんどニュースになっていないことが分かった。そもそも何の用事なのかと思ったほどである。同時期に岸田総理がアジア諸国へ訪問していたので,それと重なり,日本国内では今回のモンゴル訪問に関しての注目度は低かったと言える。
日程は,4月28日出発でカザフスタン,ウズベキスタン経由で30日にモンゴルに入り,5月2日に帰国した。要するにロシアの裏庭の主要国であるこれら3か国をロシア側につかないように「説得外交」に出ていたのである。
その5月2日(帰国当日朝まで会談があった)にモンゴル側とビデオ電話で話していると,モンゴル外務省では会談を成功させた安堵感からか,会議室で軽くビールを飲んでいる様子も見えた。この時期のモンゴル外務省は,ロシアからの圧力,西側諸国からの要請,そして国民の今回のウクライナ侵攻に関する意識の違いなど,いろんな意味で大変なのであった。
本稿は今回のモンゴル訪問をどう見るか,について書く。私は当初,「モンゴル国民がコロナやウクライナ侵攻による物価高に苦しんでいる時に,特段のお土産もなく,対ロシアでお願いするのか? モンゴルの立場を考えたら,そんなこと言えるはずないであろう!」と否定的に捉えていた。
実際,林外務大臣のモンゴル訪問に関する記事へのネット上のコメントも「モンゴルに対ロシアで厳しいこと言えるはずないだろ!」とか「アメリカの指示によるアジア巡りしても意味ない!」など9割以上が否定的であった。
日本の一般報道もやはり一面的で「国際ルールを守る」とか「法と正義」のことを訴えたと書かれてあるが,「モンゴル側は対ロシアで何の言質も与えなかった」というような書き方で,多くは「要は無駄であった」という評価が多いように思われる。
だが,現地と直接話してみると,かなり異なる認識である。日本の大手新聞は,少なくともモンゴル側にとっての重要なポイントについてはほとんど触れてはいないように思えた。
結論から言うと,少なくともモンゴル外務省,モンゴル政府そして多くのモンゴル国民にとっては「良い会談であった」という受け止め方なのである。その要点を以下に述べる。
まず言えるのは,準備が良かったと言うことである。急に決まった訪問でしかも中央アジア2か国の後の訪問であるので,大した準備もなくバタバタと出かけたとの印象を持っていたが,違っていた。林大臣は,訪問前にモンゴルのメディアに今回の訪問について寄稿したのである。それはモンゴルの詩人D.ナツァクドルジの「わが故郷」という詩の一部を引用するところから始まる。更に「ナツァクドルジの『わが故郷』は,単にモンゴルの美しい自然をうたいあげた詩ではありません。詩の後半において,ナツァクドルジは,モンゴルの長い歴史と伝統に触れ,民族の誇りをもって,愛する故郷を守り発展させるのだという決意もうたっています。彼のこの強い思いは,21世紀のモンゴルの人々に脈々と受け継がれていると思います」と書いている。
モンゴルの人々は,この詩を取り上げたこと,そしてモンゴルの歴史と伝統に触れたことで「日本の外務大臣はモンゴルのことをわかってくれているんだな」との好印象を抱いたという。これが林大臣訪問前のモンゴルで公開され,現地では国民の間にかなり良い印象が持たれたというのである。
次のポイントは,5月9日である。これは何度も報道されているように,プーチンが重要な節目と思っている第二次大戦対独戦勝利の記念日である。「この日までに勝利宣言をしたい」などの報道がある,その日である。
日本の私たちにとってはその日はその程度の認識であるが,モンゴルにとってはそんな他人事ではない。なぜなら,既にロシア政府から対独勝利記念行事に関して,首都モスクワに来られなくても国境近くの街(ブリヤードのウランウデ)でもいいからモンゴルの主要政治家に参加してほしいとの依頼があったのである。モンゴル側は実はこの要請で悩んでいた。
だが出席したくないと思っても,現実問題としてロシアに睨まれたら,ガソリン,電気,ガスなど全て大きなリスクに晒されてしまうのである。現実に過去何度もロシアは脅すだけでなく,「設備が故障した」などの名目でモンゴルを危機に追い込んだことがある。
林大臣は,その点に関してはあまり無理なことは言わなかったようで,「わかっていますよ,あなたたちの気持ちは日本と同じなのでしょう。でも,難しい立場なのですよね」という雰囲気で,この「わかっていますよ」というのがモンゴル側に伝わり,喜ばれたのである。
但し,「5月9日の出席はよく考えてください」的に,明確に言葉にしては不出席を要請しなかったものの,モンゴル側にはその要請は十分に伝わったとのことであった。
当然,本心では「この世界情勢の中で,しかも同胞であるブリヤード人が多く前線に送られ,死んでいるのに行けるはずない」と思っているのは確かであるが,そこは相手がプーチンなだけに悩ましいのである。なので,このタイミング,まさに5月9日を前にしたこの時期に日本の外務大臣が来てくれたことはかなり大きな力になったという。
少なくともモンゴル外務省スタッフらは,「このタイミングに日本の外務大臣が来てくれて,揺れそうになるモンゴル人政治家に対してちゃんと言ってくれたことは非常に良かった」という評価なのである。「日本側のメッセージもちゃんと受け止めた」とのことである。
それでも正式にロシアに対して事前に拒否はできなかった。が,当然のことながら誰も「行くべきだ」とも思えないのである。ここは外交の知恵の出しどころである。
結局,モンゴル側は今回の戦勝式典には参加しなかった。どういう理由か? 直前になって,「行く予定をしていた人がコロナになった」「濃厚接触者が多く,ロシアに迷惑をかけられない」などの理由である「らしい」。当然であるが,理由に関してモンゴル政府は一切公式発表していないという。これも強国に挟まれた小国の知恵なのである。
5月9日の式典不参加という結果を見れば,それだけで林大臣の訪問の成果はあったと言って良い。当初の私のイメージとは違う結果となったと言える。
- 筆 者 :田崎正巳
- 地 域 :アジア・オセアニア
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :新興国
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