世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2513
世界経済評論IMPACT No.2513

ウクライナ戦争と世界の地殻変動

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2022.04.25

 ロシアのウクライナ侵略に対する非難決議および経済制裁について,賛成した国としなかった国に分かれたことは,1989年のワシントン・コンセンサスと1991年のソ連崩壊によって進展してきたグローバリゼーションの終焉を示唆している。そして,侵略直後に半減したルーブルの為替レートが,3月末に元の水準に戻ったことは,中国が支えていることもある。昨年末にロシア中央銀行の外貨準備でドルが急減し,その分が人民元に代わったと,青山繁晴氏の動画番組「僕らの国会」で,自民党外交部会における閣僚経験者の言として紹介されている。しかし,それだけではロシアがルーブル決済を要求し,半ばデフォルトを容認したことを説明しきれないので,最後に紹介する通り,1972年のニクソン・ショック以来の米国債を担保とするドル基軸通貨体制が終焉しつつあると見るべきであろう。

 こうした世界構造の地殻変動に対し,日本は今,100年の計を立てなければならない。

 ワシントン在住の国際政治アナリスト伊藤貫氏は,3月末の動画講演で,ロシアが武力侵略に至った背景について詳細に述べた(【伊藤貫の真剣な雑談】第5回「米露関係破綻の原因は何か?」

 伊藤氏は,米国のソ連封じ込め政策を主導したジョージ・ケナン,キッシンジャー元国務長官,『文明の衝突』を書いたハンティントン,1987〜91年に駐モスクワ米国大使を務めたジャック・マトロック,シカゴ大学教授のミアシャイマーという5人の専門家の見解に基づいて,今回の戦争は,米国によるロシア締め付け政策の結果として必然的に起きたもので,ウクライナはその犠牲者だと結論した。

 「クリントン政権は,米国ないしイスラエルとロシアの二重国籍を持つ金融業者に都合のいいように国有財産を民営化させ,大失敗した。ロシアのGDPは数年で45%減少し,国民の4割が窮乏化し,平均寿命は10歳以上短縮し」,そうした事態の反動としてプーチン政権が誕生したと説明している。また,「ブッシュ(父)政権の閣僚が10数回にわたって約束したNATOの東方不拡大を,クリントン以降の政権は,文書化されていないと言って反故にした」ことも上げ,ロシア側の言い分は事実であるとしている。プーチンの暴挙には,それほどの背景があったのだ。

 そして,極めて興味深いワシントンポストの記事を紹介している。「対ロシア経済制裁に参加している米国金融機関の資産総額は22兆ドルだが,米国には総額11兆ドルのヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドがあり,その多くはユダヤ系。そしてそれらのファンドは,誰の資金を何に運用したかを米国政府に報告する義務はなく,対ロシア経済制裁に参加する義務もない」,つまり対ロシア金融制裁には抜け道があることを紹介している。

 スラブとユダヤの関係については,本欄の拙稿「ロシア・ウクライナ戦争で考える人類史」でも触れたが,欧州の「憎悪と報復の連鎖」の深さを感じさせる。

 『イスラム教の論理』『中東問題再考』やブログなどで活発に発信しているイスラム思想研究者の飯山陽氏は,アラブ諸国の米国への信頼が大きく揺らいでいると指摘する。オバマ政権が関与したとされる2010〜12年にアラブ諸国で起きた反政府民主化運動「アラブの春」は,多くの国では,混乱をもたらしただけに終わった。

 また,オバマ,トランプ政権はシェールオイルの生産拡大で原油価格を下げ,ロシア経済の弱体化を狙ったが,中東産油国の損失を買い支えたのは中国だった。ウクライナ戦争でバイデン政権が石油増産を呼びかけても,OPECが冷淡だったのは当然だった。

 さらに,近年のアラブ諸国にとって最大の敵はイスラエルではなく,イエメンなどで親米政権への反政府勢力に軍事援助を与えているイランだと指摘している。そのイランと中途半端な核合意で宥和したオバマ政権に反発し,トランプ政権が破棄したことは評価したが,バイデン政権が元に戻したことに,アラブ諸国は強烈に反発しているという。その結果が,サウジアラビアの対中国石油輸出の人民元決済の検討開始や,UAEの対ロシア非難決議の棄権などに現れているという。

 ニクソン・ショック以降,米国国債とともに際限なく通貨量が増え,金融リスクの増大,国家や国民間の所得格差の拡大といった弊害が意識されてきた。2008年の米国発金融危機以降,日本を除く主要国の中央銀行は,いずれ国際通貨体制の見直しが必要となるだろうと考え,金の保有量を増やしてきた。金の保有量と埋蔵量の合計量(トン)のトップ10は①米国11,133,②ロシア9,798,③中国3,948,④ドイツ3,359,⑤IMF2,815,⑥イタリア2,451,⑦フランス2,436,⑧スイス1,040,⑨日本845,⑩インド755で,ロシアと中国を足すと米国を上回る。

 認知科学者でカーネギーメロン大学計算言語学博士の苫米地英人氏は,新たな通貨制度として「埋蔵資源担保中央銀行デジタル通貨」について,ロシアを含む各国政府に提案してきたという(金本位制が蘇る シン・グレートリセットが進行中

 その制度とは,各国の中央銀行がデジタル通貨を発行するにあたって,金の保有残高の数十倍など一定の通貨を発行する。発行時の通貨価値は国際的合意価格とし,経済成長すれば価値は上がるが,合意価格を割った時は金の埋蔵量を公表し,必要量を採掘して買い支えるというもの。

 新興国や資源国が米国離れして中露と接近し,ドル基軸体制も見直される方向だとすれば,世界構造は大きく地殻変動する。日本が独立国としての基礎を固め,先祖先人から受け継いだものを大切に子孫に伝えるために,やらねばならないことは極めて多い。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2513.html)

関連記事

藪内正樹

最新のコラム