世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2489
世界経済評論IMPACT No.2489

プーチン・デスポティズムに吹き飛ばされた“理想系”グローバリズム

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2022.04.04

“理想系”グローバリズムの課題とその障壁

(1)SDGsパラダイムの登場

 周知の通りSDGsとは,2015年の国連総会で採択された17の世界的目標,169の達成基準,232の指標からなる「持続可能な開発のための国際的目標」である。SDGsは先行した国連の「ミレニアム開発目標」を受け,2030年までの「行動指針」を設計し,地球規模で,経済活動(開発)と自然/人間環境との調和(維持・改善・変革)を追求する壮大なパラダイムである。上記「環境」に関する目標はその一部であり,全体の内容は,先進国・途上国等様々な段階の国々が,「地球」という視点で,貧困・飢餓(欠乏)を無くし,人々のQOL(教育・保健・福祉)を一層高め,(現状のままでは危機に陥る)地球環境悪化を押しとどめるべく,それぞれの目標値に向けて努力目標を定め,実行することを要求している。

 こうした流れは,柱となる「思潮」から見れば,(国連等を舞台にし,科学的背景を持つ)「規範的コスモポリタニズム」,国連の人間開発指標(human development index),「世界的エコロジー・ムーブメント」等であろうが,見方を変えれば,21世紀に入って,これまでの「グローバリズム」が新たな変容・展開を遂げた「進化系」である,とも考えられよう。

(2)SDGsパラダイムのグローバル・スタンダード化

 2020/2021年は,新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界を圧倒した時期であったが,他方DXが一層浸透し,またSDGsが新たな「スタンダード」として最早後戻りが無いと,グローバル経済社会に強く印象付けた年でもあった。そしてSDGsは,その環境分野を推進する「気候変動に関する枠組み(COP)」を通じて,CO2排出等に伴う「地球温暖化」抑制のため,「石炭火力削減」といった課題に本格的に取り組みつつある。また先進諸国を中心に政府,産業界(自動車産業・エネルギー企業をはじめ多数にのぼる),国民を挙げて,クリーンエネルギー社会の実現を進めることが,共通のテーマとなってきている。日本政府も「カーボン・ニュートラル」目標を掲げる等早急な対応を提唱しているし,一般消費者も,身近なレジ袋削減(有料化)などをはじめ各種環境保全の動きにコミットしつつある。

(3)SDGsが直面・克服を求められた「難題」

①各国の同床異夢な取り組み

 2021年11月のCOP26(石炭火力発電をめぐる決議)での応酬に見られたように,

  • A(有力経済発展国の場合)自国のエネルギー政策・産業政策については,これを強力に守護・主張しつつ,環境改善の推進役である先進国からの譲歩・折り合いを得て,全体のスキームから利益を引き出し(中国・インドなど),
  • B 欧州(EU)や米国(バイデン政権)は,エコ・グローバリズムを主導しその推進役として,グローバル経済社会のヘゲモニーとリーダーシップの保持に固執を続け,
  • C 途上国は,(環境保全の)資金・技術支援や補助を獲得するため,枠組みには加わる,

といった様に,実態は同床異夢の坩堝であり,結果的にfollower となり自国のエネルギー政策を従属させ,目標達成に地道に努力する国々が最も割りを食うことになりかねない。

② 5 Global Disruptor(自然・社会を脅かす5つの「危険因子」)の脅威と挑戦

 グローバリゼーション=ヒト・モノ・カネ・情報の移動/流通速度の飛躍的増大は,同時に副作用として,様々な危険/破壊因子(Global Disruptor,以下GD)の拡散を増幅させた。

 即ち,a. ヒト(ISに象徴されるテロリスト・グループ),b. モノ(違法・禁止薬物や生態系を激変させる有害動植物等),c. カネ(マネーロンダリング,ダークWEBを使う違法取引),d. 情報(サイバーテロ攻撃,フェイク情報拡散),e. GCBR(地球規模で破滅的な生物学的リスク)である。

 こうした因子からの攻撃・リスクによる被害は,日増しに増大している。そしてGDへの危機予防や,温床・震源になっている国・地域への対策・防御策の立ち遅れは,各国(国民・企業・政府)へのダメージを増幅させ,SDGsの足元を崩し,実現を阻害する重大な脅威に発展しかねない状況に達している。今回eのコロナパンデミックが実現してしまったなかで,WHO等,国際的な枠組みの対応は後手に回った結果,2022年3月下旬で,感染者4.7億人,死者6.2百万人に達する深刻なダメージが生じている。

③反グローバリズムによる「拒絶」

 米国におけるトランプ大統領登場や欧州のポピュリズム諸政党の躍進は,a. 先進国経済の繁栄という果実の分配で見られる大格差が,グローバル経済がもたらした歪み・亀裂として認識され,不満が次第に膨張し,b. 非グローバル/自国第一主義的な「ナショナル・ポピュリズム」と結びついた,事が一因とされる。こうした流れは,c. グローバル経済社会の「コンセンサス」「ルール」「スタンダード」に見直しをかけ,修正・廃止を求めるムーブメントとして根強いものがある。SDGsにしたところで,脱炭素の高遠な目標を掲げたそばから(ウクライナ侵攻以前の段階においても),実際のエネルギー需・供のミスマッチが加速し化石燃料が大幅に値上がり(CO2排出量取引も高騰)する中で,各国国民の負担のみ増大させる,といったパラドキシカルな状況の拡大は座視できないはずである。

 SDGsという「理想系」グローバリズムにとって,上記3つの「難題」こそ,その理念の「空洞」部分への,現実社会からの挑戦でもある。克服することは容易ではなかろう。

グローバリズムの形骸化と機能不全

 今後もSDGsの科学・テクノロジー的側面(効果的なクリーンエネルギー・脱炭素技術の追求等)は一層進化を遂げ,留まることはないであろうが,SDGsの理念的側面(貧困や飢餓を解消し誰も置き去りにしない経済発展や,地球環境全体の保全を推進)は,どうか?

 これまで経済のグローバル化やDXの果実をフルに活用する一方,自らの体制は決してグローバルに開くことが無く,20世紀的(?)価値=(政治的自由・民主主義)はあからさまに敵視,抑圧する支配至上型「権威主義体制」の大国が,時計の針を強引に巻き戻した感のあるロジックを展開して,他国に大規模に侵攻し破壊してその正当性を主張する状況が出現したなかでは,経済だけでなく政治的にもグローバルな紐帯が不可欠なSDGsの理念は,形骸化しつつあり,失速を免れない。

 さらに今回抑止できなかった「戦争」は,まさに破壊や殺戮それ自体でもあり,またその副産物・負の遺産もSDGsの対極に位置し,SDGsの理念を無に帰すものであり,同時に急速にグローバルエコノミーを断裂し,機能低下・不全に陥らせている。

 そして,プーチン・ロシアによるウクライナ侵攻は,欧州を中心にこれまでグローバルな関係に置かれた各国(とくにロシアによるインパクトが大きい国)の政策ベクトルに,大幅な変更をもたらした。今回ロシアに対抗・防御が可能なEUへの求心力と一体性は,非常に高まったが,欧州型の「統合グローバリズム」には深刻なダメージをもたらした。

 つまりロシアと国境を接し,或いは旧ソ連から独立したヨーロッパの諸国にかつての地政学的なリスク(危機と脅威)と,歴史的な因縁(悪夢)が呼び覚まされた。即ちフィンランドや,バルト3国,ポーランド・チェコ等東欧諸国であり,欧州において現在,旧冷戦時代の国境を超えた経済分野の紐帯・ネットワークを継続・維持する合理性は,「地政学」「歴史」の記憶が呼び覚ます安全保障上の脅威の前に色あせつつある,ともいえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2489.html)

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