世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ禍のなかで中国ラオス鉄道が開通:その経済性には疑問符
(青山学院大学経済学部 教授)
2022.02.07
米Williams and Mary大学の研究者らが,145カ国における1.3万件超のインフラ融資案件(2000~2017年)情報で構築された「AidData」というデータベースに基づいてまとめた,中国融資に関する分析レポートによれば,習近平政権による「一帯一路」戦略が発動した2013年以降,中国の対外開発資金実行額は年平均854億ドルと,米国の同370億ドルの2倍超の規模になった。問題はその中身である。2000~2017年の18年間で,米国発の開発資金はその73%が無償資金もしくは贈与比率(グラントエレメント)が25%以上の「政府開発援助(ODA)」に属する融資であるのに対し,中国発の開発資金のうちODAに分類されるのは12%に過ぎなかった。つまり,中国の一帯一路融資の88%は商業融資に近い「非譲許的」な資金である。
一方で,一帯一路案件はおおむね事業規模が大きく,貸し手リスクも大きいため,中国国家開発銀行などの政策金融機関は,借り手国に債務の一部政府保証を求めたり,合弁で設立する特別目的会社(SPV)を融資対象にしたりするなど,リスクを軽減する様々な対策を講じてきた。対SPV融資の場合,特定事業に関わる収益のみから債権を回収することが建前となるので,受入国の公的債務負担にならないように見えるが,実際の運用上では事業実施国の政府がSPVの財務責任を肩代わりする,事後的な偶発債務(contingent liability)になる懸念が付きまとう。どの程度受入国政府が当該事業に責任を持つかはグレーゾーンに属するので,「隠れ債務」と言える。
その典型例が,去る2021年12月に開通した「中国ラオス鉄道」である。同鉄道は,雲南省昆明市とラオスの首都ビエンチャン間の1035kmを10時間(旅客車両の場合)で結ぶ。中国・ラオス国境のボーテンからビエンチャンまでの区間(414km,単線)は,両国が合弁で設立したSPVである「中国ラオス鉄道会社」がBOT方式で鉄道建設・運営を担う。2016年12月に建設を開始し,コロナ禍にもかかわらず,予定通り2021年内に開業した。険しい山岳地帯を貫くルートには167本の高架橋と75本のトンネルが建設された。旅客車両の最高時速は160km/h(貨物車両は同120km/h)と新幹線より劣るが,ASEAN初の高速鉄道開通が,地理的制約が大きい後発国のラオスで実現したのは画期的と言える。
しかし,懸念されるのはラオス政府,ひいてはラオス国民が負う財政負担である。総事業費59億ドルの同事業のファイナンス構造としては,出資分40%,融資分60%のそれぞれについて,中国政府・国有企業コンソーシアムとラオス政府が7対3の比率で負担することになっている。名目上の計算ではラオス側の負担は約18億ドルだが,経済小国のラオスにとって決して小さくない。ラオス政府は政府保証を与えていないが,「大きすぎて潰せない」性質の国家的事業と捉えられれば,ラオス政府にとって偶発債務となる可能性が高い。実際,本鉄道事業に関する対中債務について,ボーキサイト鉱山1カ所とカリウム鉱山3カ所からの収入を担保にしているとされる(AidDataサイト情報)。
ラオス区間の旅客運賃は片道35~53万キープ(約3500~5500円)と,平均賃金が月1万2000円程度のラオス庶民にとって決して安価ではない(日本経済新聞2021.12.3付記事参照)。コロナが収束し越境移動がスムーズになったとしても,ビエンチャンと昆明の間に大きな都市は少なく,とくにラオス区間でどれほどビジネス旅客の需要が喚起されるのか,筆者にはあまり想像がつかない。観光需要についても,費用対利便性の面で格安航空券とどう競争するのか,イメージが湧かない。
本鉄道の経済性は旅客需要よりも貨物需要にかかっていると思われる。農産品の対中輸出が有望だが,これを実現するためには道路と鉄道の間の積み替えや国境検疫措置を含む物流インフラのハード・ソフト両面への補完投資が必要であり,スムーズな鉄道輸送には多くのハードルが予想される。タイからはドリアンなどタイ産品の鉄道輸送が期待されるが,メコン川に現在のタイ国鉄と線路ゲージの異なる新鉄橋を建設して連結する必要があるため,3国間鉄道一貫輸送の実現はかなり先の話になるだろう。
AidDataサイトの情報によれば,2012年実施の事業化調査(F/S)ではラオス区間建設・運営の財務的内部収益率(FIRR)は4.56%だったと記録されているが,情報源の詳細は不明である。現地ビエンチャン・タイムズ紙にラオス公共事業・運輸省の元高官が寄稿した記事によれば,プロジェクトの裨益期間を25年と想定したF/Sで,FIRRは6.3%と計算され,海外の類似の鉄道プロジェクトと比べて低いとは言えないと主張している。筆者も途上国における鉄道事業のFIRR値が低くなりがちな点には同意するが,その積算根拠の情報が不明なため,この数値を実現できるかどうか考察できない。さらに同高官は同F/Sにおいて経済的内部収益率(EIRR)が18.5%と計算され,その根拠として,この鉄道が「内陸国ラオス」にもたらす「ハブ形成効果」などを強調しているが,その積算根拠も詳細は不明である。この及第点のEIRR値(アジア開発銀行の融資案件ならEIRRが12%を上回ることが認可の目安)の前提となっているのは,越境移動・物流の需要喚起効果が大きいと筆者は推測する。おそらく,中国からラオス,タイ,マレーシアを経てシンガポールに至る5カ国越境輸送の需要を当て込んでいるのであろう。
タイ区間(873km)については,バンコク~ナコンラチャシマの第1区間(約250km)が2017年12月に起工し,当初21年に開通予定としていたが,同年末までに完工したのは3.5kmだけである。同区間の建設・運営は当初の中国との合弁会社による計画を変更し,設計やシステム供給は中国に依存するが,建設・運営はタイ側が全面的に担うことになった。中国側の融資条件をタイ側が嫌ったためとされる。同第1区間は2026年まで,ナコンラチャシマ~ラオス国境の第2区間は28年までそれぞれ開通がずれ込む見込みだという。さらに,バンコク~マレーシア国境の区間は計画が凍結中であり,マレーシアの首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ約350kmは2021年1月に正式に建設中止が決まった(日本経済新聞2021.11.11および2022.1.13付記事参照)。
ラオス政府は「from landlocked to land-linked country」という熱望の下に,この鉄道建設にコミットしてきたが,一方で,タイとマレーシアは財政負担を考慮しながら事業の採算性を精査してきた経緯がある。現状ではラオス政府が描いていた前提条件は大きく崩れているのではないか。
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藤村 学
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