世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2412
世界経済評論IMPACT No.2412

米国務省の報告書「海洋による制限」が語るもの:米艦隊による「航行の自由作戦」

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.02.07

(1)国務省の報告書「海洋による制限」

 2022年1月,アメリカ国務省の海洋・国際環境科学局は98ページの報告書「海洋による制限による制限No.150 中華人民共和国:南シナ海における主張」(Limits in the Seas:No.150. People’s Republic of China: Maritime Claims in the South China Sea,以下「海洋による制限」)を公開した。その「概要」として2ページの中国語版と1ページのベトナム語版を付録したのは異例である。

 南シナ海は世界有数のシーレーンであり,スプラトリー諸島(南沙諸島)などの領有権と周辺海域の管轄権を巡り紛争が集中し,軍事的,安全保障的でも重要な海の要衝である。紛争の発端は中国が南シナ海に「九段線」(「U字線」,「牛舌線」)を描き,自国の領海であると主張したことである。2016年7月12日,ハーグの常設仲裁裁判所は「法的根拠がなく,国際法に違反する」と判断を下したが,中国は主権を主張,島礁に「人工島」を建設し,軍隊を駐在させ続けている。

 「海洋による制限」は中国が南シナ海での領有権主張について審査を行い,「中国が南シナ海の広範囲において主張する領有権は,1982年の『海洋法に関する国際連合条約』(以下,「条約」)の国際法に違反している」と結論をづけた。

 「海洋による制限」では中国が南シナ海において出張する4つの事案を紹介し,反論を加えている。

  • ①海面下の島礁(maritime features)に対する領有権の主張:中国は南シナ海の海面下の100以上の島礁に領有権を持つと主張した。国際法の根拠によると,これらの海面下の島礁に合法的な領有権は認められず,領海海域を主張することができない。
  • ②直線基準線:中国は自らの領土として南シナ海の広範囲海域の島礁,水域と水面下の島礁を「直線基準線」として描きとり囲んだ(九段線)。中国が南シナ海で領有を主張する4つの“島群”(東沙群島(=プラタス諸島),西沙群島(=パラセル諸島,ホアンサ諸島),中沙群島(=ゾングシャ諸島),南沙群島(=スプラトリー諸島))は,「条約」に基づく直線基準線の地理基準に合致しないと「海洋による制限」は指摘している。また,島群を直線基準線内に含むことは,国際法の慣例として中国の立場を支持することはできないと主張している。
  • ③海域:中国の内海(陸地側から見て基線の内側にあるすべての海域),領海,排他的経済水域と大陸棚の海洋主張は,南シナ海の島群を「1つの塊」として見ている。これは国際法で認められるものでない。海域を延長する範囲は,合法的に構築した基準線から測定したものである。通常,基準線は海岸の低潮線に沿って測定する。中国が主張する海域の多くは国際法に合致しない管轄権であると指摘した。
  • ④歴史的権利:中国は南シナ海に“歴史的権利”を擁すると主張している。この主張は法的根拠がなく,中国の“歴史的権利”の性質や地理範囲を具体的に説明がないと指摘している。

 これらの領有権主張の全体的な影響について,中国が南シナ海の大部分の地域の主権や専属管轄権を主張することは非合法であると断じた。そして,この主張は海洋法と「条約」を反映する国際法の規定に著しく抵触している。上述のことから,アメリカと中国と領有権を争う多くの国家は,中国の主張を却下し,南シナ海における国際法に基づく海洋秩序と規則を支持する。

(2)米原子力空母艦3隻・強襲揚陸艦2隻の「航行の自由作戦」

 国防省による「海洋による制限」が発表された今年1月,国防総省は3日,原子力航空母艦「エイブラハム・リンカーン」をインド・太平洋の巡回任務に充てていた。続いて,9日に原子力航空母艦「カール・ビンソン」をバラバク海峡付近に派遣した。バラバク海峡とは,フィリピン領のパラワン諸島最南部に位置するバラバク島と,カリマンタン島北端から至近のバランバンガン島との間に位置する海峡であり,西太平洋地域第1列島線における戦略的要衝である。この2隻の空母のほか,アジア太平洋地域に配置されたのは,横須賀港を母港として停泊している第7艦隊所属の原子力航空母艦「ロナルド・レーガン」である。この時期にインド・太平洋地域に同時に3隻の米原子力空母が出現したことになる。

 そのほかに,2隻の強襲揚陸艦もインド太平洋地域に出現した。1隻は佐世保基地を母港として停泊した強襲揚陸艦「アメリカ」および同「エセックス」だ。これらの強襲揚陸艦はF-35Bやオスプレイの垂直離着陸機などを搭載し,事実上の軽空母である。これら1隻の艦隊の戦力は中程度の戦力を持つ国の軍隊を殲滅する能力を備える。それら5隻がインド太平洋地域に集結するのは極めて異例のことだ。

 オハイオ級原子力潜水艦「ネバダ」は現在,グアムに配置され,原爆搭載のミサイルが配置される。これらの軍備配置は中国の南シナ海,台湾海峡および東シナ海での動きに対応したものと言える。最近,北朝鮮によるミサイル発射実験が続いているが,アメリカにとって真の脅威は中国であろう。

 中国の資料によると,アメリカの原子力空母の南シナ海の航行は2019年に5回,2020年に6回,2021年に10回と年ごとに増加している。同資料によれば2021年活動は次以下のようである。

  • ①「セオドア・ルーズベルト」:1月23日バシー海峡(入)~29日サン・ベルナルディノ海峡(出)。
  • ②「ニミッツ空母打撃群」:2月5日マラッカ海峡(入)~2月9日サン・ベルナルディノ海峡(出)。
  • ③「セオドア・ルーズベルト」:2月8日サン・ベルナルディノ海峡(入)~17日バシー海峡(出)。
  • ④「セオドア・ルーズベルト」:4月4日マラッカ海峡(入)~12日バシー海峡(出)。
  • ⑤「ロナルド・レーガン」:6月14日バシー海峡(入)~18日マラッカ海峡(出)。
  • ⑥「カール・ビンソン」:9月5日バシー海峡(入)~13日バラバク海峡(出)。
  • ⑦「ロナルド・レーガン」:9月24日マラッカ海峡(入)~27日サン・ベルナルディノ海峡出)。
  • ⑧「カール・ビンソン」:10月4日バシー海峡(入)~8日マラッカ海峡(出)。
  • ⑨「カール・ビンソン」:10月24日マラッカ海峡(入)~11月3日バラバク海峡(出)。
  • ⑩「カール・ビンソン」:11月4日ミンドロ海峡(入)~7日バシー海峡(出)。

 米空母の南シナ海の航行日数を見ると,最も長い場合は10日間滞在し,短い場合は4~5日間である。言い換えれば,中国が南シナ海で主張する「九段線」内の領海を否定し,「航行の自由作戦」を断行している。同時に,米軍の目的は南シナ海を軍事衝突が発生する場所として仮定し,軍事演習を行い,フィリピン側の海域を熟知させることである。万が一,南シナ海に米中に衝突が発生した場合,北側は沖縄から,南側はバシー海峡から空母や強襲揚陸艦がこの海域に急襲し,中国からの攻撃ラインを切断する挟み打ち方式の攻撃が展開されると考えられている。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2412.html)

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