世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2373
世界経済評論IMPACT No.2373

シン・キャピタリズムの精神は根付くか:それともそのオルタナティブの創造か

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2021.12.20

 資本主義の停滞と衰退,あるいはその終焉が叫ばれて久しい。その要因は不良債権に象徴される銀行の危機,財政危機に起因する国家破産,さらには金融の肥大化に比較しての実体経済の停滞などに集約される。しかもこれまでの製造業中心から,ITに代表される無形資産などのサービス部門への中心の移動,とりわけ人工知能を中核にしたロボットの活用やデータ解析による経済予測の拡大やランキング付けの流行,さらには個人に的を絞ったターゲティング広告の盛行といった事態が起きている。その結果,資本主義の新たな次元への変容やオルタナティブの提唱さえもが唱えられてきている。加えて,気候変動に象徴される地球環境の悪化は脱炭素化の世界的唱和となって響き渡り,いま渦中にあるコロナの襲来と重なって人類と地球そのものの未来にかつてない暗い影を落としている。

 資本主義が危機や停滞に見舞われると,その都度対策が取られてどうにか切り抜けたばかりでなく,さらに再生と発展を繰り返して成長してきたが,その処方箋は,本来の資本主義の精神の復活か,新たな精神の注入による再生か,それともそれに代わる脱資本主義精神に基づく新たな原理の提唱かということになろう。そこでそのことを今日考える上で忘れてならない点を取り上げてみたい。

 人々の欲望の無制限拡大がその時々の生産能力がもつ消費の限界との間にマッチングしなくなる,つまり生産と消費の矛盾が資本主義の興隆期における一大障害であった。そしてそれを克服するための生産上の新機軸が次々と打ち出され,資本主義は成長を遂げてきた。だが今日の事態は,生産の拡大がもたらす地球全体の環境の限界にぶち当たってきている。成長の限界が叫ばれ,成長と環境保護との両立を志向する「持続的成長」が唱えられている。しかし地球環境の疲弊はこれすらも成り立ち得ないところへまできている。そして消費の自己抑制や節度ある節欲心の向上が唱えられるようになってきた。ここでは自制心をどう養うかが問われている。資本主義は各自の所得の限界が自ずと欲望の無制限拡大を食い止めてきたが,それとてもあふれかえる商品とそれを過大に宣伝する風潮に呑まれ,「顕示的消費」(ヴェブレン)と呼ばれる,支払い能力を超える購買意欲の発散を促してきた。カード社会の到来は今の消費のための支払いを将来に委ねる極端な信用膨脹を生み出した。そしてブランド信仰がそれをさらに肥大化させている。

 ところで経済学は価値物の生産と消費を扱ってきた。モノを作り,商品化することは自明の理とされるばかりでなく,資本主義はあらゆるものを商品化し,本来は商品になりえない労働力,土地,貨幣までもそのるつぼ中に投げ込み(ポランニー),さらに今日では知識や技術や芸術までもが新たに加わっている。だが商品化の前提としての価値物を全て無条件で承認しても良いのだろうか。無駄やいらないものまでもが価値あるものとして扱われている。われわれはこの中から,「反価値」(ハーヴェイ)を見分ける眼力をこれからは持ち合わせることが求められる。こんなものはいらないという決然たる態度,つまりは矜恃を持つことである。そしてそれらを市場から駆逐していくことが大事となる。真に価値あるものを残していくことである。欲望の自己抑制と節度ある消費の醸成には長年慣れ親しんできた,欲望の無制限拡大を自明の理とする精神からの転換が必要になる。それには生きる上での価値あるものは何かを自問自答し,それを最小限に抑える自制心の涵養が不可欠になる。経済上の価値ばかりでなく,それを一部分とするさらに広範な人間存在上の価値の全体像をよく観察し,その中でそれぞれにふさわしい位置に収めるのは,人間の叡智である。それには意志の力がとりわけ大事となる。

 資本主義の精神とは何かを追求した点では,ウェーバーやゾンバルトが有名だが,資本主義の両面性を後者が欲望と合理性のファウスト(悪魔)的取引として考えたのにたいして,前者は合理的精神の涵養という肯定面に重きをおいていた。だが職業倫理や勤勉性の維持,禁欲の堅持,合理性の追求も営利追求による資本増殖が悪魔にようにそこからの逸脱を囁く誘惑をけっして忘れていなかった。そうすると,それにつけ込み,無制限の営利追求が膨脹していき,合理的精神を曇らせ,後景に退かせることになりがちである。その結果,近代的な合理精神が雲散霧消していく。そうならないためにはどうしたらよいかが今問われている。それには何よりも人間の意志の力が合理精神と調和して進めたのが近代社会を作り上げたし,資本主義を発展させてきた点に留意すべきで,もしこれが再生できないのであれば,われわれはオルタナティブを真剣に追求しなければならなくなる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2373.html)

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