世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2329
世界経済評論IMPACT No.2329

バイデン大統領の「台湾合意」とは何か?:なぜ発表後に中国軍機のADIZ侵入が減少したのか,紐解く

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.11.08

1.「台湾合意」とは何か?

 中国の建国記念日(10月1日)以降,4日間連続で中国の軍用機149機が台湾海峡西南空域の防空識別圏(ADIZ)に侵入した。10月4日の1日だけでも,戦闘機56機がADIZに侵入,それに応じて台湾空軍は戦闘機の緊急発進(スクランブル)を強いられた。

 台湾海峡の緊張の高まりについて,ジョー・バイデン大統領は記者会見(米国時間10月5日)で,中国の習近平国家主席と台湾についてオンラインによる会談を行い,双方とも「台湾合意(Taiwan Agreement)」を順守することで一致した」と語った。この「Taiwan Agreement」の「Agreement」は「同意,合意,承諾」を意味するが,これまで使用されていない言葉で,何を意味するのか,世界中で多くの人々が頭を悩ませた。例えば,アルジャジーラ(Aljazeera)の「米国と中国は「台湾協定」を結ぶのか?(Do the US and China have a “Taiwan agreement”?)」やBBCの「中国と台湾の軍事的緊張は「40年で最悪(China-Taiwan military tensions ‘worst in 40 years’)」の記事はその一例である。

2.歴史的経緯を解く

 10月に入り,連続して約150機の中国の軍用機が台湾のADIZに侵入した目的は,この時期に6カ国(米,日,英,カナダ,ニュージーランド,蘭)の軍艦17艘(米・空母2艘と英・「クイーン・エリザベス」を含む)が南シナ海で行った共同軍事演習に対する抗議にある。しかし,6カ国に抗議するのであれば,南シナ海に軍用機を派遣すれば良い筈が,なぜADIZに侵入して威嚇する行動を取るのか。これは事実上,アメリカと中国が「台湾カード」をゲームの駒に使っているためだ。

 バイデンは今年3月頃に「台湾に関する合意」という言葉を使った。以下は,「台湾合意」に至った歴史的経緯を考える。

 1)1972年以前,中国は台湾に対して「5つの反対」を主張していた。すなわち,「2つの中国」(中華人民共和国と中華民国)の反対,「1つの中国と1つの台湾」の反対,「一国二政府(1つの中国,人民政府と国民政府)の反対,台湾独立の反対,台湾地位未定論の反対である。

 2)1972年になると,米中の1回目の「上海コミュニケ(Shanghai Communiqué)」の締結時に,中国政府はこの「5つの反対」をコミュニケに明文化することを主張した。後にホワイトハウスが公開した文書によると,当時のニクソン大統領は毛沢東に対し,「将来については分からなく,私がホワイトハウスにいる間は,「台湾地位未定論」について論じない」と保証し,「5つの反対」から「台湾地位未定論の反対」を除き「4つの反対」に変更した。その後,2回目の「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」と3回目の「第2次上海コミュニケ(8・17コミュニケ)」において,米中は台湾に対する立場を再び述べた。

 中国はどのようにアメリカと交渉したのか。中国の交渉術は,通常は先に自分に有利な大きな枠組みを決める。この大きな枠組みを定めた後に,策をめぐらして一歩一歩強引に,相手が自分の仕掛けた“罠”にかかるように動く。相手が受け入れない場合,話し合いを行わない。いったん枠組みを定めると,多くの細かい条文を加えて,相手の逃げ場を絶ち,最終的に「1つの中国」の原則や「1つの中国」の政策を決める“罠”に嵌め込むことに成功する。

 事実上,アメリカは1972年の時点でどのように中国と交渉して良いのかが判らなかった。従って,「上海コミュニケ」の制定時に,キッシンジャー国務長官とニクソン大統領は中国の“罠”に嵌め込まれ,コミュニケに署名せざるを得なかった。そして7年後,アメリカは“罠”に陥ったことに気が付いた。2回目の「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」の締結前後に,アメリカ国会は国内法として「台湾関係法」を制定した。この法令はアメリカが中国の“罠”に対抗する方策であった。アメリカはこの「台湾関係法」と「6つの保証」(米台の外交に関する指針)をもって中国に制約をかけた。例えば,第4代戦闘機F-16ファイティング・ファルコンを台湾に売却したのも,この法令を根拠にしたものである。

 そして,「第2次上海コミュニケ」が締結された1982年以降,アメリカは「3つのコミュニケ」,「台湾関係法」に「6つの保証」を加えた「1つの中国政策」を強調した。これに対し,中国は「1つの中国原則」を強調した。この違いは何処にあるのか。「原則」は相対的に固定され,簡単に変更はできない。他方,「政策」は必要に応じて変更ができる。そのため,アメリカは今まで「1つの中国の原則」を変え「1つの中国政策」と主張してきた。この用語の違いは,米中それぞれの立場を代弁している。

 それ以降,アメリカは「台湾は中国の一部分」とは言わず,「台湾海峡両岸のすべての中国人が,中国はただ1つの中国であり,台湾は中国の一部分であると主張している。アメリカはこれを認知し,これに対し挑戦しない」と表現している。

 他方,中国は「台湾は中米関係の持続的改善や推進の最大の障害である」と主張し,アメリカはこの文言をコミュニケに書いてしまった。仮に台湾が中国の手に陥いて,中国の潜水艦が台湾の東海岸から奥深い太平洋に潜入した場合,日米などの安全保障を脅かすことになる。真の障害は中国の「共産主義」で,民主化国家の台湾は米国にとって何ら問題はないのにも関わらず。

 また,アメリカが中国から承諾を得たのは,「米台間は非公式関係を保つ」と言う点である。1972年1月以前,アメリカは台湾を「中華民国政府」と呼んだが,以降,米台間は非政府関係になり,アメリカの交流相手は政府でなく,台湾の人民というのが,アメリカが中国に示した姿勢で,今に至る中国の一貫した認識でもある。

3.アメリカの姿勢の変化

 バイデン大統領は記者会見で,「習近平は“台湾合意”を順守する」と発言し,大きな波紋を呼んだ。その発表後,中国軍機のADIZ侵入が10月5日に1機,6日にゼロになったのかが注目された。トランプ政権末期から,アメリカが「1つの中国と1つの台湾」政策に傾き,「1つの中国政策」が次第に空洞化してきたと,中国は懸念するようになった。

 この数年間,アメリカの対台湾政策は次第に「台湾は中国の一部分ではない」に変化してきた。これは2020年11月にマイク・ポンペオ国務長官(当時)が指摘したことである。また,ポンペオは「アメリカの対台湾政策は,対中政策から独立した」と直接的に語っている。そして,日本も台湾に390万回分のワクチンの供与を行うなど対台湾政策を変化させているように見られる。

 こうした動きはリトアニア,チェコ,ポーランドやEUの欧州国家でも同じように見られるようになった。すなわち,これらの国々の対台湾政策と対中国政策は別個のものに変化し始めている。

 現在,ワシントン駐在の台湾代表者をアメリカの政府は「大使」と呼ぶようになった。また,台湾政府高官も渡米し,アメリカの関連部署と直接交渉するようになった。『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(10月8日付)の報道によると,中国の台湾侵攻に備えて,アメリカの特殊部隊と海兵隊の教官は,少なくとも1年以上前から台湾で秘密裏軍事訓練と指導を行っていた。

 最後に,バイデンが語った「台湾合意」の意味は何か。前述の通り,これまで「台湾合意」という言葉は存在していない。推測すると2つの核心的な意味が含まれている。

 1つは,アメリカの対台関係は非政府関係が維持され,正式な外交関係を承認しない。つまり,アメリカは台湾独立を支持しないということ(ただし,アメリカは台湾独立を支持しないが,「反対」とも言っていない)。

 2つ目は,中国が台湾問題の平和的解決を認めたので,中国はその約束を守らなければならないということ。詳しく解読すると,バイデンが主張する「台湾合意」とはこの2点を指すのである。

 ホワイトハウス報道官ジェン・サキは,バイデン大統領が就任後,米中首脳は2度(2021年2月と9月)電話会談をしており,9月会談でもアメリカはこれまでの対中政策,台湾関係法について話した。これはバイデンが世界各国の首脳会談で論じた内容と同一で米中間には“密約”は無いとしている。

 その後,米国在台湾協会(AIT)会長のジェームズ・F・モリアーティ(James Moriarty)がワシントンの台湾の国慶節パーティーで,「台湾合意」について説明した。モリアーティによると,バイデン大統領が語った「台湾合意」とは,米中の3つのコミュニケの内容を指す。そのほかに,米中間に台湾に関するいかなる合意もない。アメリカは米中の3つのコミュニケ,台湾関係法と6つの保証が「1つの中国政策」であると述べた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2329.html)

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