世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2256
世界経済評論IMPACT No.2256

中国「産業政策」の日本への導入

朽木昭文

(国際貿易投資研究所 客員研究員・放送大学 客員教授)

2021.08.16

1.はじめに

 中国は,習近平主席への世界的な批判にも関わらず,2035年に向けて「産業集積」形成を全国に展開している。2019年に開港した首都北京大興国際空港などを含む。「戦略的新興産業」集積は,コロナ後の長期的に環境に配慮し,第4次産業革命下のデジタル経済などを対象とする(注1)。

 着実な中国経済の成長は,産業政策の復権をもたらした。中国に自信をもたらした要因の1つは,フォーチュン世界500大企業の数である。その数は,2020年にアメリカ121を超え,124となった。また,2017年には中国国有企業が60になった。これが,産業政策の自信につながる数字である。

 一方で,日本は,目先の短期的なオリンピックとコロナの対応に追われ,長期的な成長戦略に欠ける。本稿で「産業政策」を見直してみよう。

2.狭義の「産業政策」とは

 狭義の「産業政策」とは,幼稚産業保護論である。伊藤・清野・奥野・鈴村(1988)が動学的な市場の失敗である「幼稚産業保護論」として定義した。

 補助金による幼稚産業保護による産業の育成の例を簡単に説明してみよう。自国の企業を幼稚産業として補助金により育成する場合を考える。この説明のために第1期の幼少期と第2期の青年期を考える。第1期の幼少期に補助金を使って幼稚産業を育成する。第2期の青年期に成長した産業が技術を進歩させることにより経済余剰を大きくする。第2期の経済的余剰が第1期の補助金の負担を上回り,第1期のプラスと第2期のマイナスを合計すると純プラスとなる産業がある。この産業を保護することが産業政策である。

 したがって,政府の役割は,第1期の幼少期に成長し,第2期の青年期に成果の出る産業を選択することである。この選択される産業が重点産業であり,英語では「ピッキング・ウナー」と呼ばれる。

3.世界銀行『東アジアに奇跡』の産業政策への提言

 戦後の日本の産業政策は,軽工業,重工業,ハイテク産業の順に重点産業(ピッキング・ウナー)を選択した。この産業政策が,成功かそうでないのかをめぐって議論があった。世界銀行は,1993年に報告書として『東アジアの奇跡』を出版した。報告書は,アジアの経済成長に関して,アジアの国際市場での競争を重視する「輸出促進戦略(Export Push Strategy)」を条件なしで評価した。一方で,「産業政策」については留保条件付きで認めた。その条件とは,ピッキング・ウナーの選択を間違わない「優秀な官僚」が存在することである。韓国や日本は,この条件を満たすことにより成功したと結論した。

4.現代のピッキング・ウナー

 中国は,2035年目標に向けて「戦略的新興産業」をピッキング・ウナーとする。現在は第4次産業革命といわれる。ピッキング・ウナーには次世代情報産業が含まれる。つまり,IoT(モノのインターネット),人工知能(AI),5Gなどである。戦略的新興産業の育成政策は,「新型インフラ建設」を軸に進められる。

 これに危機感を抱いたアメリカのバイデン大統領は,超党派の上院議員においては2021年6月24日にインフラ投資計画の合意を取り付けた。合意案では,電気自動車(EV)の充電設備などの輸送部門に3,120億ドル,ブロードバンド電力などの非輸送部門に2,660億ドルである(ジェトロ「ビジネス短信」6月25日)。

5.2040年産業集積の形成を目指す

 中国の幼稚産業保護政策は,ピッキング・ウナーの「集積」の形成政策である。「集積」とは,1つあるいは複数の産業,例えば自動車産業に関わる企業群が地理的に集まって1つの産業構造を形作ることである。日本は,中国を参考とするならば,産業政策のピッキング・ウナーを「産業集積政策」で育成する。

 米中の経済覇権争いの中で日本は争いの中にも含まれない。日本がアメリカや中国と同じように広範囲に産業政策を行うことは難しい。ピッキング・ウナーをどう選ぶかは,日本の今後の生き残りをかける。ピッキング・ウナーは第4次産業革命のビックデータ,人工知能,IoTなどであることが明らかである。日本は,リニア完成に向けた品川―名古屋―大阪ネットワークICT産業集積の活用が考えられる。

 この集積形成の条件は,「人材招致・育成」と「基金・補助金」である(Kuchiki (2021)で検証)。そして,2050年を目標とした超長期の大規模な「インフラ建設」を実施する。これらは,1兆ドル単位で実施できる日本の最後に残された政策である。

[注]
  • (1)内閣府,「付図1-7 第4次産業革命のインパクト」,『令和2年度年次経済財政報告』(2021年8月1日アクセス)。
[参考文献]
  • 伊藤元重・清野一治・奥野正寛・鈴村興太郎(1988)『産業政策の経済分析』(東京大学出版会)。
  • Kuchiki, A. (2021) “‘Sequencing Economics’ on the ICT Industry Agglomeration for Economic Integration,” Economies 9(1):2. https://doi.org/10.3390/ economies9010002.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2256.html)

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