世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第6次エネルギー基本計画素案の5つの問題点
(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)
2021.08.09
2021年4月22日の気候変動サミットで菅義偉首相が30年度に向けた温室効果ガスの削減目標について13年度比46%に引き上げると表明したことをきっかけに,それまで総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(以下,「基本政策分科会」と表記)で順調に進められてきた電源ミックス・一次エネルギーミックスの改定作業は,大混乱に陥ることになった。何回もの会合がキャンセルされたのち,ようやく事務局をつとめる資源エネルギー庁が基本政策分科会の場で30年度に関する電源構成見通し(電源ミックス)および一次エネルギー供給構成見通し(一次エネルギーミックス)の素案を示したのは,気候サミットから3ヵ月経った同年7月21日のことである。
その素案の概要は,以下のとおりであった。
- (1)30年度の発電電力量見通しは約9300~9400億kWh[現行の第5次エネルギー基本計画では1兆650億kWh]。
- (2)30年度の電源構成見通しは,再生可能エネルギー(再生エネ)36~38%,原子力20~22%,水素・アンモニア1%,LNG(液化天然ガス)20%,石炭19%,石油等2%。つまり,ゼロエミッション電源59%,火力41%。再生エネの内訳は,太陽光15%,風力6%,地熱1%,水力10%,バイオマス5%[現行の第5次エネルギー基本計画では再生エネ22~24%,原子力20~22%,LNG27%,石炭26%,石油等3%。つまり,ゼロエミッション電源44%,火力56%。再生エネの内訳は,太陽光7.0%,風力1.7%,地熱1.0~1.1%,水力8.8~9.2%,バイオマス3.7~4.6%]。
- (3)30年度の一次エネルギー供給量見通し(石油換算)は約4億3000万kl[現行の第5次エネルギー基本計画では4億8900万kl]。
- (4)30年度の一次エネルギー供給構成見通しは,再生エネ22%,原子力9%,天然ガス18%,石炭19%,石油32%。つまり,非化石エネルギー源30%,化石燃料70%[現行の第5次エネルギー基本計画では再生エネ13~14%,原子力10~11%,天然ガス18%,石炭25%,石油33%。つまり,非化石エネルギー源24%,化石燃料76%]。
この素案について筆者は,資源エネルギー庁がそれを提示した時点より2ヵ月前の21年5月16日に執筆した「第3刷に際して」(拙著『エネルギー・シフト』第3刷・第4刷,白桃書房,2021年,158−161頁)のなかで,①再生エネの比率が高くなり過ぎて実現可能性に重大な疑念が生じるのではないか,②発電電力量見通しおよび一次エネルギー供給量見通しの下方修正が行き過ぎて日本の産業の未来に暗い影を落とすのではないか,③政治的な思惑で達成不可能な原子力の比率が維持されるのではないか,④石炭の比率が過度に引き下げられエネルギー安定供給やエネルギーコスト削減に支障が生じるのではないか,⑤天然ガスの比率が低減されエネルギー安定供給や温室効果ガス排出量低減に悪影響を及ぼすのではないか,という懸念を表明した。残念ながら,実際に素案が提示されてみると,これらの懸念はことごとく的中したと言わざるをえない。
まず,①について。「30年再生エネ電源36~38%」の実現可能性は低い。方向性は正しいが,過去の失政がたたって再生エネ主力電源化へ舵を切るタイミングが遅れたため,30年時点ではこの遅れを取り戻すことができず,36~38%には届かないだろう。
次に,②について。提示された素案では,現行の第5次エネルギー基本計画に比べて,30年度における発電電力量見通しが12~13%,一次エネルギー供給量見通しが12%,それぞれ下方修正された。この修正幅は,「省エネの深掘り」の域を超えており,日本の製造業の先細りを意味するメッセージになりかねない。
続いて,③について。21年7月13日の基本政策分科会で資源エネルギー庁は,稼働中の炉だけでなく,原子力規制委員会の許可を得たものの稼働にいたっていない炉,および原子力規制委員会で審議中の炉をすべて含めた27基が80%の設備利用率で稼働すれば,「30年原子力発電20~22%」は実現可能であるとの見解を示した。しかし,現実を直視すれば,30年に稼働している原子炉は甘く見ても20数基にとどまるだろうし,設備利用率も70%がせいぜいであろう。そもそも,原子力規制委員会で審査中であるすべての炉の稼働を織り込むことは,同委員会の独立性を侵害するものだという批判も生まれよう。
さらに,④について。提示された素案では,現行の第5次エネルギー基本計画に比べて,30年度における石炭の比率は,電源構成では7%,一次エネルギー供給構成では6%,いずれも大幅に低下した。とくに,電源構成における石炭火力比率は20%を割り込むにいたった。これでは,「エネルギー安定供給やエネルギーコスト削減に支障が生じるのではないか」という懸念が現実味を帯びる。
最後に,⑤について。提示された素案では,現行の第5次エネルギー基本計画に比べて,30年度の電源構成におけるLNGの比率が,7%も引き下げられた。一方,30年度の一次エネルギー供給構成における天然ガスの比率は,18%のまま維持された。天然ガスの使用は,発電分野では縮小するが,非電力分野では拡大するという見方である。とは言え,一次エネルギー供給量見通し全体が大幅に下方修正されたため,30年度の年間天然ガス需要見通しは,現行の第5次エネルギー基本計画が想定した規模からさらに800万トンほど少ない5500万トン弱にとどまることになった。これでは,LNGの調達に否定的な影響が生じることは明らかであり,「エネルギー安定供給や温室効果ガス排出量低減に悪影響を及ぼす」ことは避けられない。
このように,第5次エネルギー基本計画に象徴される過去の失政がたたって,30年の時点では,カーボンニュートラルをめざす日本の道は厳しい苦難にさらされたままだろう。ただし,最終的な目標年次の50年までには,まだ時間がある。様々な施策を動員すれば,50年カーボンニュートラルを達成することは可能である。その達成に向けてわれわれ日本人は,地球市民としての責務を果たさなければならない。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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