世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCの3nmチップ量産化後の顧客たち:半導体受託製造ビジネスの新しい動態
(九州産業大学 名誉教授)
2021.08.09
3nmチップ量産化後の顧客:インテルの事例
日本経済新聞社の英文媒体『Nikkei Asia』は,7月2日付の記事で「アップルとインテルがTSMC(台湾積体電路製造)の次世代3nm(ナノメートル)チップを採用する」と報じた。両社はTSMCの3nmチップをテストし,2022年下半期に導入し始める可能性があるとしている。
なぜ,アップルとインテルなどの企業が世界最大のファウンドリー(半導体受託製造)であるTSMCに製造を委託するのが。この理由についてインテルの事例研究を見ている。
インテルは自前の生産技術と自社の半導体製造工場を有する。少なくとも3~4年前までは半導体製造で業界をリードしていた。しかしこの間に,歩留まり率(良品率)が上がらない問題が発生し,今日,インテルはTSMCやサムスンに遅れをとるようになった。
インテルの問題は,半導体の設計部門と製造技術部門が上手く協調することができず,その結果,良品率が頭打ちとなり,製造能力に限界が生じたことだ。インテルのCPU(中央演算処理装置)の上級バージョンは主にサーバーのデーターセンターに使われ,中級バージョンはノートパソコンやデスクトップパソコンに使われている。しかし,良品率の悪さが,双方の需要を満たすことができず,近年の同社のCPU不足をもたらしてきた。
AMDはインテルの脅威か
一方,半導体業界で近年急速に頭角を現してきたAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)は,TSMCと密接な協力関係を構築。TSMCの先進的な製造プロセスによって,AMDの短所を補い,インテルからパソコン用CPUの市場シェアを奪い取るようになった。AMDのパソコン用CPUの市場シェアは2019年の11%から2020年の20%以上を占めるようになった。このことはインテルにとっては脅威であり,事実,インテルのパソコン用のCPUの市場シェアは,徐々に減少するようになった。この潜在的脅威に対し,インテルが採用した戦略は,利益率が低いパソコン用CPUをTSMCに製造を受託させ,利益率の高いサーバー用CPUを自社で製造するというものだ。こうすることで,ノートパソコン用の市場シェアも維持することができる。
さらに,この方策を採用することで,1~2年の間に自社の製造プロセスが抱える課題を解決することができるという,インテルにとっては最もよい解決策となる。
一方,インテルがTSMCに製造を委託しない場合,AMDによって市場シェアは席巻され続けられるのか。現在の様相から見ると,仮にインテルは今までの路線を堅持し続けた場合,2~3年後にはAMDの市場シェアがインテルに肉薄する可能性はあるが,完全にシェアを奪い取られるとは言えない。
過去において,AMDは自前の半導体製造部門をファウンドリー大手のグローバルファウンドリー(GF)に売却し,TSMCにHPC(高性能計算)半導体の製造を委託して,自社の短所を補ってきた。現在,AMDの製品は消費者の感覚から見てインテルの製品と遜色がないように見られる。しかし,インテルのCPUの設計能力は,AMDのそれを凌駕しており,インテルがTSMCに半導体製造を委託した場合,AMDの優位は消失することになる。周知のように,人件費などの諸費用によって,半導体チップがアメリカで製造する場合,コストは台湾での製造コストよりも高い。従って,インテルが半導体チップの製造をTSMCに委託した場合,理屈上,インテルの利益は増加する。また,TSMCに半導体の製造委託を急げば,その分インテルはAMDから市場シェアを早期に取り戻すことができる。
インテルの株価は1株僅か50数ドルで,AMDは90数ドルである。インテルは1968年に設立された老舗であり,AMDもまた1969年に設立された企業だ。しかし,インテルには,ムーアの法則で知られるゴードン・ムーア,アンドルー・グローヴなどが経営陣に居並び,パソコンの心臓部のCPUを開発し,不動の王座を獲得した輝かしい歴史がある。企業の規模から考えても,この株価は合理的とは思えない。
TSMCの生産能力の実情と企業評価
インテル,アップル,クアルコム,AMD,NVIDIAなどのIDM(垂直統合)やファブレス大手企業の殆どが,TSMCに半導体の製造委託を集中させている。TSMCの生産能力はこれらを消化できるのか。近年,TSMCはウェハー製造工場を積極的に建設し,この1年間がけも9800名にも及ぶ理工系の博士号・修士号を持つ優秀な人材を大量に募集している。日本から応募する場合,当然言葉の障壁が存在するが,同社は基本的に英語を公用語にしているため,多くの外国人を採用している。今後,アメリカのアリゾナ州に6つの5nm製造プロセスのウェハー工場が,台湾には3nmウェハー工場に続いて2nmウェハー工場の建設が計画されている。これらを考えると,この2~3年間,同社への就職は極めて好機と言える。
過去においては,TSMCへの入社試験の難易度が非常に高く,「台清交成」(国立名門の台湾大学,清華大学,交通大学,成功大学)の理工系大学院卒が主な対象になっていた。しかし,人材のニーズの高まりは同社へ就職を希望する者にとって大きな追い風になるといえよう。
最近の外資系証券会社の報告では,将来に向けたTSMCの粗利益が減少すると予測し,企業評価の下方修正を行った。しかし,実態としては少なくとも2023年までは,半導体の不足への対応で注文を消化しきれないほどの活況が続くと見られている。常連客のアップル,NVIDIA,AMD,クアルコム,メディアテックに加え,インテルもTSMCへの半導体製造委託を決めるとなればなおさらだ。TSMCのEPS(1株あたりの利益額で収益性を見る指標)は,持続的に上昇するチャンスが大きい。
外資系証券会社の報告が提起した企業評価の下方修正は,参考とする価値はある。恐らく,これは新しいウェハー工場の建設による減価償却による業績への影響が考えられる。しかし,少なくともファウンドリービジネスのうち,TSMCの1社で市場シェアの半分を超える寡占的な状態が続いていることからも,この数年間は業績好調を想像することができよう。
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