世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国共和党:トランプ去っても,なおトランプ党
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2021.06.28
選挙で敗北して半年以上経つのに,まだトランプ前大統領は「選挙は私から奪われた」と大嘘(big lie)を言い続けている。共和党はこれに追従し,前大統領が得た7400万票の票田をもとに,来年の中間選挙では上下両院で多数党,さらに2024年にホワイトハウス奪還を目指す。
リズ・チェイニー追放,独立調査委員会設置法案否決
4月末にバイデン大統領のハネムーン期間が終わると,共和党は再びトランプ党に回帰した。その最初の象徴的事件が,院内総務,院内幹事に次ぐ序列第3位の下院共和党会議議長リズ・チェイニーの解任であった。リズ・チェイニーはG. W. ブッシュ大統領の副大統領,ディック・チェイニーの長女で将来の下院議長とも言われた保守派である。
人口の少ないワイオミング州選出の下院議員はリズ・チェイニーの一人だけだが,リズはトランプ大統領の大嘘を非難し続け,1月6日,暴徒を扇動して議事堂襲撃を引き起こした事態(以下,1.6暴動と略)を糾弾した。さらに1月13日には,他の9人の共和党下院議員とともに2回目のトランプ大統領弾劾訴追決議案に賛成票を投じた。リズ解任の声は一旦収まったが,5月12日,僅か15分間の非公開の議員団会議,しかも発声投票で解任が決まった。
トランプ前大統領の要請に応じ,解任を先導したのは,解任しないと来年の中間選挙に影響するとみた下院共和党トップのケビン・マッカーシー院内総務。マッカーシー議員には,中間選挙で勝利し,下院議長就任の野心があると伝えられる。リズの後任にはエリズ・ステファニク下院議員(ニューヨーク州選出)が就任したが,ステファニク議員は強力なトランプ支持派ではなかったという。
6月20日付のニューヨーク・タイムズ電子版によると,リズは5月11日,下院で「沈黙し続け,大嘘を無視することはそれを認めることになる」と述べた。また,12日の非公開会議では「ヨハネによる福音書」を引用して「真理を知れば,真理はあなたたちを自由にする」と述べ,民主主義は崩れやすいものだということをわからせてくださいと神に祈ったという。
1.6暴動に関する独立調査委員会設置法案の否決も,共和党のトランプ化を象徴する。ペロシ民主党下院議長が主導した法案は,2001年の9.11調査委員会にならって1.6暴動事件を超党派で究明することを目指し,5月19日下院を賛成252,反対175で可決されたが,同28日の上院審議で否決された。上院の票決は賛成54,反対35となったが,賛成票が共和党によるフィリバスター(議事妨害)を阻止できる60票に達しなかったため廃案となった。
上院共和党議員のトップ,マコネルは調査委員会の設置は他の機関と重複する,新しく委員会を作っても決定的な真実は出ないと主張したが,本音は委員会設置が中間選挙に及ぼす悪影響を懸念したからである。しかし,委員会設置に下院共和党議員の35人,上院共和党議員の6人が賛成した。賛成した6人の上院共和党議員はポートマン議員(来年の中間選挙には立候補せず)を除く全員が2月のトランプ大統領弾劾裁判に賛成している。
この法案審議で注目されたのが,下院のマッカーシー院内総務と上院のマコネル院内総務の連携である。マッカーシーは熱心なトランプ支持者だが,マコネルのトランプとの関係はぎくしゃくしている。マコネルは1月6日の暴徒による議事堂乱入に激怒したが,トランプ弾劾には反対した。バイデン大統領とは上院議員をほぼ同年数務め,脳腫瘍で亡くなったバイデンの長男の葬儀には共和党上院議員としてただ一人参加した仲だが,「私(マコネル)の責務の100%はバイデン政権を阻止することだ」と公言し,いまや友人であるよりも敵としてバイデン大統領に対峙している。
民主党の投票権法案に共和党がフィリバスター行使
選挙が私から奪われたというトランプ前大統領の主張が,トランプ支持者の見解となり,不正対策の名目で,トランプ敗北につながったとされる期日前投票や郵便投票を制限する州法が,共和党多数のジョージア,テキサスなど20以上の州議会で成立している。
民主党は,こうした州法による投票規制はこれを禁じる連邦法を制定すれば排除できると考え,今議会の第1号法案として提案したのがFor the People Act of 2021 である。1月4日に退出された下院法案は3月3日,賛成220,反対210で可決され(民主党はミシシッピー州のトンプソン議員のみ反対,共和党は全員反対),3月11日上院に送られた。そして6月22日,共和党が突如提出した審議打ち切り動議が,民主党の反対50,共和党の賛成50と党派より2分され,審議打ち切りを覆す60票に達することができず,結局,民主党法案は否決されてしまった。
この法案は,ジョンソン大統領時代に公民権運動の中で成立した1965年投票権法を抜本的に改革するもので,有権者登録の迅速化,期日前投票,郵便投票などの制限緩和,選挙資金法の改革,選挙にかかわるセキュリティの確保,候補者の10年間の納税記録公開の義務,などを規定している。成立すれば,来年の中間選挙から適用するはずであったが,上院共和党による審議阻止により法案成立の見込みは消えた。
民主党はまだ戦いは終わったわけではない,法案成立に向けにさらに精力を傾けると主張している。民主党対共和党の対立は,ますます深刻化している。
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