世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2206
世界経済評論IMPACT No.2206

経済産業省主導のSonyとTSMCの合弁案:TSMCは要請に応えるか?

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.06.28

経済産業省の要請

 『日刊工業新聞』(5月26日付け)に注目を浴びるニュースが報じられた。その内容は次の通りである。経済産業省の主導によるSonyとTSMC(台湾積体電路製造)の合弁で,熊本県に1兆円以上の半導体工場を建設する構想である。

 構想によると,2021年内に両社による半導体製造の合弁会社を設立する。半導体受託製造企業(ファウンドリー)のTSMCが主体となり,Sonyグループ以外の日本企業も一部出資し,参加する可能性がある。前工程工場は熊本県・菊陽町にあるSonyグループのイメージセンサー工場近くに工場を建て,自動車や産業機械,家電などに使う線幅20~40nm(ナノメートル)のミドルエンドの半導体を生産するという。線幅40nm以下の工場は国内で初めてとなる。投資の分担はSonyグループが土地・建屋の手当て,TSMCが製造プロセスを受け持つ方向で調整する。パッケージなどの後工程工場も熊本県内に新設する計画である。

 Sonyグループの吉田憲一郎社長は,「TSMCとの合弁構想」について,「コメントは差し控える」とし,次のように述べた。「(わが社の半導体は)かなり部分がファウンドリーから調達している。当社にとって,ロジック半導体を安定的に調達するのは大切である。また,一般論として思うのは,ロジックを含めた半導体を安定的に調達できる」と述べた。

 また,台湾の『経済日報』(5月27日付)記事によると,TSMCも「コメントしない」と表明している。その後,『日本経済新聞』(6月10日付)に,TSMCが熊本県に大規模工場を建設することを検討しているとの報道があった。

 なぜ,この時期に経済産業省主導によるSonyとTSMCの合弁案があるのか,その答えは6月上旬に経済産業省から発表された「半導体戦略」報告書である。報告書には日本丸半導体の凋落を分析し,その解決策として外国の半導体企業の誘致を提起している。

 果たして経済産業省主導によるSonyとTSMCの合弁案の要請をTSMCは引き受けるのか。近年のTSMCの対外投資を見ることにする。

TSMCのアリゾナ州の進出と南京工場の拡張

 なぜ,TSMCが注目を浴びるようになったのか。その理由は車載半導体の不足によるものである。トランプ大統領の要請と莫大な資金援助があったことも注目された。半導体ファウンドリーの世界ランキング(2019年)は,TSMCが56%の市場シェアを占め,アメリカ国防省からサプライ部品企業の指定を受け,最新鋭のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)用半導体チップの84%の市場シェアを掌握している。また,同社はF-35ライトニングⅡ戦闘機,ミサイルなどに搭載する半導体を供給している。

 2020年にアメリカ政府の要請により,TSMCはアメリカ・アリゾナ州フェニックスへの進出を決定した。2021年5月4日,TSMCはアリゾナ州に35億ドルの投資計画を明らかにした。2021年から建設工事がスタートし,第1期工場は2024年から12インチ5nmプロセスの量産化を始める。月産能力は2万枚であり,将来にわたり6つのウェハー工場の建設を予定する。6工場が完成した後には超大型ウェハー工場群(Mega Site)として月産10万枚を予定する。3番目の工場以降は3nmプロセスの量産化を強化する可能性がある。

 TSMCがアメリカにウェハー工場の建設を決めた主な理由はアメリカ国防省向け戦闘機やミサイルに搭載する半導体を供給するからである。国防省向けの半導体の場合,製品規格の要求は民生用半導体の性能よりもより一段と厳しいが,価格が割高で購入されるため採算が合う。

 2020年世界の半導体企業の生産形態別市場シェアでは,アメリカのIDM企業(垂直統合企業),ファブレス企業および全形態を総合したシェアは,それぞれが50%,64%,55%であり,世界で最も高いことがわかる。ファブレスとは半導体の設計を行い,自社では製造設備を持たないデザインハウスであり,半導体の製造をファウンドリーに委託する互いに協力する水平分業で成り立っている。アメリカのファブレス企業の市場シェアは64%であり,NVIDA(エヌビディア),AMD,クアルコム,ブロードコムなどはTSMCの既存の顧客である。また,TSMCの株主の約70%はアメリカの投資家であるため,アメリカで工場を設置した場合,人件費などは台湾よりも高いが,アメリカの対台湾の国防安全保障などで“面倒”を見ていることから,投資を決断したのであろう。

TSMCの南京工場拡張

 4月22日,TSMCの臨時理事会で劉徳音会長は28.87億ドルを投資し,既存の南京工場で月産4万枚の28nmプロセスウェハーの拡張生産を発表した。拡張計画によると,2022年後半に量産化に入り,2023年に計画が完成するという。米中ハイテク戦争で,アメリカは中国向け半導体の製造・輸出関連の規制があり,特に線幅14nm以下のHPCは制裁の対象になるが,28nmウェハーの成熟プロセスについては中国市場でのニーズが多いため,大目に見てくれるであろうとの報道があった。

 最近,Sonyから28nmプロセスのCMOSイメージセンサー(CIS)の月産4万枚の生産が報道された。イメージセンサーとは,光信号をアナログ信号に変換する装置であり,映像信号処理器に使われ,CMOS(相補型MOS)と共にiPhoneの最新製品に搭載される予定である。CISの画素層(pixel layer)チップはSonyの工場で製造し,ロジック層(logic layer)チップはTSMCが生産を請け負う。TSMCは顧客の情報を発表しない方針を堅持していたが,恐らくSonyで大口の受注が入ったためにこの増産計画を決めたと業界は見ている。

熊本菊陽に進出するのか?

 台湾大手新聞社の『自由時報』(6月18日付)は独占スクープとして,TSMCはSony,トヨタ,三菱電機と共同出資で熊本に半導体ウェハー工場を建設し,TSMCと日本側の出資比は50%と報道した。TSMCは依然として「ノーコメント」を続けている。

 半導体設備業界によると,この投資計画が真実の場合,TSMCの従来の単独資本による工場建設の方式が打破されることになる。明らかに日本の市場の特異性によるものである。日本の3大企業の投資と受注および政府からの優遇インセンティブが期待できることがTSMCを共同投資へ踏み切らせたのであろう。

 半導体設備業界によると,この計画案は秒読みに入り,TSMCが承諾すると,直ちに公式に発表される。今年の下半期に土地の整備に入り,来年に工場建設が始まる。主に20nmプロセスを主とし,月産能力は5万枚ウェハーで,3大企業の主力製品のCMOSイメージセンサー,車載半導体とパワーチップなどが含まれていると報道された。

 翌日,台湾の『工商時報』(6月19日付)に,外電のTSMCの12インチウェハー工場案を紹介し,Sony,トヨタ,三菱電機などの共同出資で投資額は1.6兆円に達し,12インチウェハー,主に20nmプロセスであり,月産5万枚ウェハーの工場を建設するという。日本政府から優遇投資インセンティブの誘因のほか,共同出資による専門生産の請負方式と報じられている。

 しかし,もしこの計画が真実であった場合,共同出資で長期の半導体不況の際は,余剰生産能力を如何にして処理するのかが最大の問題になると指摘している。上で述べた2020年世界の半導体企業の市場シェアによると,日本のIDM企業,ファブレス企業および全市場シェアは,それぞれが8%,1%と6%である。日本のファブレス企業の市場シェアはわずか1%である。

 また,TSMCの売上高(2020年)に占めるトップ10の顧客の貢献比率を見ると,(1)アップル(アメリカ)18.76%,(2)華為9.62%,(3)メディアテック(台湾)5.80%,(4)ブロードコム(アメリカ)5.75%,(5)クアルコム(アメリカ)4.70%,(6)テキサスインスツルメンツ(アメリカ)3.89%,(7)NVIDA(アメリカ)3.05%,(8)AMD(アメリカ)3.00%,(9)STマイクロエレクトロニクス(アメリカ)2.23%,(10)Sony(日本)1.65%の順位である。売上高に占める日本企業の貢献度は高くない。仮にTSMCが日本に進出した場合,国内半導体チップの需要量はそれほど多くない。そうすると,余剰生産量は誰に売るのかという問題に直面する。

 日本の場合,人件費が約台湾の倍であり,しかもファウンドリー工場は,多くの電力と水を必要とする「電力喰いマンモス」と「水喰いマンモス」である。日本の電力料金や水道料金も台湾よりも遥かに高い。高い人件費,高いコストを考えると,TSMCにとって日本にファウンドリー工場を設けるメリットはそれほど大きくない。「シリコンサイクル」という現象がある。今は半導体不足のサイクル局面にあるが,各社が争って生産拡大をした場合,必ずサイクルの谷に落ち込むことになる。

 Sony半導体部門であるソニー・セミコンダクタ・ソリューションズの清水照士社長兼CEOは「40nm・28nmといったプロセスは,すでに減価償却が終わった生産ラインでもある。これから新しく工場を作った場合そこから償却が始まるので,海外勢に対しコスト的に競争力がなくなる。もし,そこに金銭的サポートが国から得られるスキームであれば,安定供給にも国際競争力としても意味がある」と語った。

 また,南京工場の拡大建設は既に4月22日に決定している。経済産業省の要請のニュースが報道された時,TSMCは近年の車載半導体の不足およびSonyからのCMOSの受注対応のため,南京工場の増設を決めている。そのために,南京工場の増設を止めて,熊本工場に変更するには,経済産業省の要請にどの程度の補助金措置が手当てされるかによるのではないか。

[注]
  • (1)朝元照雄『台湾の企業戦略:経済発展の担い手と多国籍企業化への道』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」,3~44ページ。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2206.html)

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