世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2189
世界経済評論IMPACT No.2189

緊張高まる台湾問題と米中軍事バランス

坂本正弘

(日本国際フォーラム 上席研究員)

2021.06.14

1.緊張の高まる台湾海峡

 最近の国際関係の注目は,台湾をめぐる緊張の高まりである。日米の3月の外相・国防相議,更に4月の首脳会談で台湾有事への懸念が表明された。G7では,5月外相会議に引き続き,首脳会談でも取り上げられる。この間の驚きは,5月末の米韓首脳会談で,台湾海峡への言及があったことだが,以下のように台湾海峡は,現在,強く関心を引く問題である。

 Oriana Skylar Mastro女史は,米国有数の中国軍事問題の研究者だが,2021年7−8月Foreign Affairs“The Taiwan Temptation”の論文で,1949年以来,中台関係は緊張だが,戦闘の危険はなかった,しかし,最近の情勢は,中国の軍事介入の可能性が強いと喝破した。第一に,習主席が台湾併合は中国の夢の成就だと強調する中,第二に,中国の軍事力が台湾介入に十分な力を持つに到り,第三に,介入を正当とする中国世論の高まりがあり,習政権が介入をためらう理由がなくなっているためだとする。

 中国の介入は,4段階にわたる。第1段階は,ミサイルと空爆による,台湾の軍隊,政府施設の攻撃,第2段階は,台湾の外部との交流を,海上,サイバー攻撃で遮断する。第3段階は,ミサイル・空爆で,米軍の近接を抑止する。第4段階は,台湾への本格的な揚陸作戦で,陸海空の全軍を動員して行うが,隣接の島を先に占拠することもある。

 これを防ぐ唯一の道は,米国が,同盟・友好国を動員し,長期打撃力を充実し,中国のミサイルを破壊する力を示し,介入が成功しないことを示すことだとする。

2.中国にシフトする台湾海峡軍事バランス

 米国防総省の『中国の軍事力』2020年報告は,中国が米国を凌ぐ分野として,①中国は世界最大・350隻の海軍艦艇を持つ(米国は296隻)。②地上発射型射程500〜5500㎞の弾頭ミサイルと巡航ミサイル計1250を持つ(米国は70〜300㎞の弾道ミサイルのみ)。③400s,300s型を備えた長距離統合防空システムを挙げた。中国がミサイルに強みを持つのは周知だが,米国では,中国がドローンなど,使い捨ての,廉価な兵器を使う上,宇宙・サイバーなどで,米国の軍事システムを攻撃するとの虞を強めている。このため,兵器システムを集中型から,分散型に改め,一部が,破壊されても,システム全体の機能が低下を防ぐ「モザイク戦法」が検討されている。

 グローバルに展開する米軍事力が全体として,中国に勝っても,東アジアに集中する中国の軍事力が一時的に中国を優位に導く可能性は否定できない。2020年末の国防総省とRAND社合同の「戦争ゲーム」では,台湾をめぐる戦いで,米軍は人民解放軍に敗北するとの結論だと聞く。Davidson米インド太平洋軍司令官は,2021年3月の議会公聴会で,中国が,今後6年以内に台湾を侵攻する可能性があるとした。

 米中経済安全保障調査審議会は,2021年2月18日,「中国の台湾攻撃を抑止」の公聴会を開いた。Mastro女史は上記と同趣旨の証言をしたが,他の専門家は,解放軍の揚陸作戦能力の不足から,大規模侵攻による台湾の征服は容易でない。米国の介入を招き,失敗した場合の習政権の政治的ダメージは甚大であるが,中国解放軍の実戦能力も疑問だとした。

3.軍事予算にみる米国の対応

 Thomas Mahnken(戦略予算評価研究所)理事長は,2月の下院証言で,米軍の優先すべき軍事能力として①核の近代化,②攻撃原潜の増強,③ドローンなど消耗できる無人システムの十分な確保,④長距離打撃力の4項目の確保を挙げたが,強い中国シフトである。

 22年度軍事予算は5月末提出されたが,中国の迫りくる挑戦へ焦点を当てると強調し,「太平洋抑止イニシアチブ」は51億ドルに倍額された。上記4項目は増強だが,特に,中距離ミサイルの開発・推進が注目される。総額は,7530億ドルと1.6%の増額だが,アフガニスタン撤兵や,不必要設備の廃棄があり,陸軍の減額と空・海の増額の再編成が目立つ。

4.第3の100年・2027年

 かかる中で,人民解放軍設立100周年の2027年が注目を集めるが,幾つかの理由がある。第一は,米中の国力がもっとも接因する時期だが,それを逃すと米国が有利になる。第二は,中国軍事力も,空母などの練度が上がるが,その後は維持費もかさむ。第三は習近平主席の3期目の終了が2027年であり,歴史に名を残すのであれば,台湾侵攻は一つの選択である。

5.非常時に備える日本の対応

 先日の台湾へのワクチン供与は菅内閣のヒットである。4月の日米首脳会談に関連する日本経済新聞の世論調査では,台湾海峡の安定への日本の関与に,賛成が74%に上ったという。台湾問題は,日本の安全保障に深くかかわる,関与は当然である。しかし,日本が非常時に弱いのは,コロナ対策で身に染みている。2020年代のアジア・世界の激動を乗り切るには,日本の組織を非常時に有効に対応できるよう変える必要を痛切に感じる次第である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2189.html)

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