世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
解析・半導体産業ビジネス
(九州産業大学 名誉教授)
2021.05.24
2021年第1四半期,世界では車載半導体の不足で,少なくても85の自動車工場が1週間以上の作業中止に追い込まれた。これは単に1個の半導体チップの不足だけでなく,全体の自動車産業の生産ラインの停止という莫大の損失を意味している。
なぜ半導体が重要なのか。2020年の世界の半導体産業の売上高は約4330億ドルに達する。しかし,厳格に言えば,半導体産業は単一の産業でなく,IDM,ファブレス,ファウンドリー,封止・検査,IPコアとEDA,メモリーなどを含んでいる。本論は世界のそれら半導体関連産業と市場の仕組みを説明する。
(1)IDM
IDM企業とは垂直統合企業(Integrated Device Manufacturer)であり,回路設計から製造工場,封止・検査から販売までの設備を持つ統合企業である。次にファブライトがある。ファブライト(Fab lite)とは,自社に最小限の半導体の製造規模を持ち,例えば需要が大幅に増えた場合,外部のファウンドリー企業に製造を委託することである。IDM企業の代表はインテル,TI(テキサスインスツルメンツ)や日本のルネサスエレクトロニクスなどである。ルネサスとは,三菱電機,日立製作所およびNECの分社化による経営統合の企業である。2021年3月19日,300mmウェハーを生産する那珂工場で火災が発生した。自動車の組立工場の操業休止による悪い影響がないように,台湾のTSMCに半導体の製造を委託するようになった。また,インテルは世界最大のCPU(中央演算処理装置)を製造する企業であり,CPUはパソコンの頭脳部である。スティホームによるテレワークのニーズがパソコンの需要増加を牽引し,業績が大幅に上昇した。近年,インテルは一部分の半導体チップをTSMCなどの外部のファウンドリー企業に委託するようになり,他方,インテルも2024年にファウンドリービジネスに参入すると決めた。そのほかに,ファブライトビジネスを行っているのが,STマイクロエレクトロニクスやルネサスである。IDMおよびファブライトのビジネスの売上高は約2661億ドルに達する。
(2)ファウンドリー
ファウンドリー(foundry)企業とは,半導体チップを専門に製造する工場を擁し,受託生産ビジネスを行う企業を指す。この独創的なビジネスモデルを構築したのが,TSMC(台湾積体電路製造)の創業者の張忠謀(モリス・チャン)である。ファウンドリービジネスの世界規模は682億~850憶ドルである。2019年のファウンドリー企業ランキングを見ると,TSMCの56%,アメリカのグローバルファウンドリーズ(GF)の9%,聯華電子(UMC)の8%,韓国・サムスン7%,中国・中芯(SMIC)5%,イスラエル・タワージャズ2%,力晶(パワーチップ)の2%,中国・華虹宏力の1%,世界先進(VIS)の1%の順位になっている。そのうち,TSMC,聯華電子,力晶,世界先進の4社は台湾の企業で市場シェアは67%と,全体の3分の2強を占めている。
(3)ファブレス
半導体のファウンドリーの川上段階に位置するのがファブレスである。ファブレス(fabless)とは,工場(fab)を持たなく(less),開発・設計のみを自社で行い,製造をファウンドリーに委託するビジネスである。デザインハウスとも呼ばれている。ファブレスの市場規模は1300億ドルである。ファブレス企業の世界ランキング(2020年)は,クアルコム,ブロードコム,エヌビディア(NVIDIA),聯発科技(MediaTek),AMD,ザイリンクス(Xilinx),マーベル(Marvell),聯詠(Novatek),瑞昱(Realtek),ダイアログ(Dialog)の順位である。
(4)封止・検査
ファウンドリーが製造した12インチや8インチのウェハーを小さなチップに切断し,それぞれのチップにリード線を接続し,樹脂で封止,検査を行う必要がある。これらの工程は「封止・検査」担当の企業がビジネスにしている。この半導体後工程の封止とテストを請け負うのがOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)であり,パッケージングからテストまでを請負う製造企業である。世界の封止・検査ビジネスは310億ドルである。封止・検査ビジネスランキング(2019年)は,台湾・日月光(ASE),アメリカ・Amkor,中国・長電科技(JCET),台湾・矽品(SPIL),台湾・力成(PTI),中国・通富微電(TFME),中国・華天科技(Hua Tian),シンガポール・UTAC Group,台湾・京元電子(KYEC),台湾・頎邦(Chipbond)の順で続いている。市場規模の313億ドルのうち,台湾企業は約60%のシェアを占めている。そのほかに,TSMCは最新鋭の封止・測定技術(龍潭封止工場)を持ち,それを強みにアップルからの受注を勝ち取っている。
(5)IPコアとEDA
事実上,ファブレスが最初から半導体を設計するには大変である。そのため,半導体設計のプラットフォームを構築したのがIPコアとEDAである。IPコア(Intellectual Property Core)とは,大規模論理回路の設計において,知的財産権を持つ特定機能回路の設計データを他社にライセンス方式で供与する場合,この設計データを指すものである。ソフトウェアにおけるライブラリに相当する。IPコアの市場規模は50億ドルに達する。この知的財産権分野の代表は,イギリスのコンピューティング・アーキテクチャ開発企業であるARMであり,市場シェアは40%に達する。過去において,全世界の1800億個の電子製品はARMのプラットフォームによって設計された。将来,IOT(モノのインターネット)の差別化が大きくなり,ARMのプラットフォームは,省エネ分野で最も優れていると言われている。将来の10年間に3000億個の電子製品はARMを使用すると予測される。特に,クラウドコンピューティングからエッジ処理に至るまで必要とされている。現在,ソフトバンク・グループ傘下にあったが,最近,NVIDIAはARM買収の意思を示している。現地時間の4月19日,イギリス政府は国家安全保障などの観点から,NVIDIAによるARMの買収に懸念を表明した。
EDA(Electronic Design Automation)とは,集積回路や電子機器など電気系の設計作業の自動化を支援するためのソフトウェアやハードウェアである。仮に1つの半導体を設計するには12カ月が必要で,半導体を100個のLEGO(レゴブロック)と例え,EDAのソフトウェアを他社から購入した場合,そのうちの80個相当のLEGOは自社で開発する必要がなく,残りの20%はファブレスが自分で設計すれば済むし,12カ月よりも期間の短縮ができるという意味である。EDAの市場規模は約50億ドルであり,この分野において,シノプシス(Synopsys)とケイデンス・デザイン・システムズ(Cadece)の2社で約3分の2の市場シェアを占めている。
(6)メモリー
半導体のメモリー分野は韓国・サムスン電子,LG電子,SKハイニックスがDRAMやNAND型フラッシュメモリーなどをほぼ寡占の状態である。半導体市場の売上高4430億ドルの約3分の1を占めている。この金額のうち,アナログ,デジタル,PMIC(パワーマネジメントIC)なども含まれている。
ここで述べたそれぞれの分野を全部足すと,半導体産業の売上高4430億ドルを超過するのは,ここで述べている売上高規模のうち,いくつかの分野で重複計算が入っているからである。例えば,IDM(垂直統合型)のファブライトは自社製造の一部分をフゥンドリー企業に製造を委託しているためである。ファウンドリー企業は自社の売上高に計上し,ファブライト企業やファブレス企業は,ファウンドリーが生産した製品を自社の売上高に計上しているからである。要するに,GDPの計算は「付加価値」の計上で,売上高は帳簿での売上を計上しているためである。
(7)半導体用製品
これら製造された半導体はパソコン・タブレット端末などが約38%,通信(携帯電話,基地局など)が約31%,消費用電子(テレビ,洗濯機,冷蔵庫など)が約10%,自動車(EV,自動運転車など)が約11%,産業用コンピューター・国防用が約10%である。そのうち,自動車関連について,伝統的な自動車の場合,1台当たりに平均400~500ドルの半導体が搭載される。電気自動車(EV)の場合,1台当たりに平均900ドルの半導体が必要である。テスラのModel3の場合,1台当たりに1700ドルの半導体の搭載が必要になる。
(8)半導体設備
2020年,世界の半導体設備の売上高は689億ドルであり,そのうち中国向けが26%,台湾向けが24%,韓国向けが23%である。これは販売地域向けのデータである。中国向けが26%になっているが,サムスンは西安,ハイネックスは無錫,TSMCは南京に半導体製造工場を設けているが,これらの外資が購入する半導体設備も中国向けの売上高に計上している。日中台韓の4か国向けの売上高の比率は84%に達している。
特に,近年の車載半導体の不足を発端に,欧米諸国は自国の半導体生産ラインの欠如に緊張感を高めている。自動車に車載半導体の不足は,自動車生産全体の問題であり,これから電気自動車(EV)に移行する場合,特に重大な課題になった。過去において,車載半導体は量産化用半導体(ベルト着用センサなど)の低性能の需要が多く,将来において個々企業向けのEV用オリジナルのASIC(特定用途向けIC)の需要が高まる。要するに,過去においてパソコン,スマートフォンの世代であり,これからはIOTの別の世代を迎えることになる。
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