世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2159
世界経済評論IMPACT No.2159

日本半導体産業の発展と衰退

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2021.05.24

かつては日本半導体が世界のトップであった

 1980年頃は日本が世界の半導体市場を席捲していた。1960年ぐらいからの1985年ぐらいまでの「奇跡の日本高度経済成長」を支えた産業の一つが「半導体産業」であった。1988年度の日本の半導体の世界シェアーは50.3%で,アメリカが36.8%,アジアが3.3%であった。

 しかし,それ以降,日本経済の停滞とともに,日本半導体産業も衰退しし,2019年では日本半導体のシェアーは10.0%に落ちてしまった。日本に代ってアメリカが50.7%,そしてアジアが25.2%になった。日本の一人負けで,日本は「半導体後進国」になった。

「メモリー:DRAM」で日本が半導体で世界一になった

 日本が1988年ころ世界一になったのはDRAMメモリー,フラシュ・メモリーであった。当時のDRAMは大型コンピュータと通信機器に使用され,製品寿命が長く高品質のものが要求された。それまでのDRAMメーカーであったインテルを日本が高い品質と安いコストのDRAMで攻め上げ,潰してしまった。しかし半導体市場はDRAMを沢山使う「大型コンピュータ」「通信機器」から「パーソナル・コンピュータ」に移った。インテルはDRAMの生産を中止し,パソコン用の「マイクロプロセッサー」を生産して,その分野で世界を制覇した。そしてサムスンやマイクロンがパソコン用の安いDRAMをつくりだしたので,日本のDRAMは敗退した。

 確かに日本はアメリカから半導体というコンセプトを教えてもらい,この産業に参入したが,初期の段階では日本が世界の半導体製品の開発をリードしていた。ソニーはトランジスター技術を基にしてラジオなどのトランジスター製品を創り,ビジコン社の嶋正利氏は計算機用の「マイクロプロセッサー」のコンセプトを創り,その半導体をインテルに製造してもらった。ところがビジコン社のマイクロプロセッサーの特許の取り方が悪かったために,その重要な基本技術をインテルに特許にされてしまった。インテルはこの技術に基づきパソコン用のマイクロプロセッサーを自分の商品として生産・販売し,この市場を独占した。1983年ころNECもV30というパソコン用のプロセッサーを開発していた。これはビジコン・インテルのものより優れていると言われていた。しかしこれはアメリカによって潰されてしまった。1984年坂村健東大教授がコンピュータのOS:トロン(Tron)を開発した。これはマイクロソフトのウインドウズよりも先進的だと言われていた。しかしアメリカは司法省を使い,恫喝してこれら日本の技術を潰してしまった。日本政府は,それらの日本の技術を守らず,アメリカのなすままにした。

日本半導体産業が衰退した本当の理由

 第一の理由は,日本の政府,産業界のトップの外交力,戦略力,交渉力が弱体化したことである。日本はアメリカ市場にDRAMの輸出ドライブをかけ,アメリカ市場を崩壊させ,アメリカを怒らせた。国の産業政策として,商品の輸出で相手国の産業を壊滅させることはやってはならないことであるが,それをやったためにアメリカに逆襲された。1989年9月日本政府は,日米半導体協議の場で「不平等条約」である「日本米半導体協定書」にサインしてしまった。これで日本の半導体産業の力は解体されてしまった。

 日本政府はこのアメリカの逆襲から日本半導体産業を守ることをしなかった。日本の為政者は,グローバル化・新自由主義に洗脳されて「自国の産業,自国の商品にはこだわらず,モノは世界で一番安ものをどこからか調達し,消費すればよい」と考えているのであろう。

 もう一つの理由は,日本が経済政策,産業政策を間違えてしまい,自滅したことである。つまり,アメリカに唆されて1985年から日本は本格的にグローバル化に走り出し,産業は海外に出ていった。日本産業はグローバル市場で価格切り下げ競争に走り,価格を下げるために「非正規社員制度」をつくり,移民を入れて,賃金を下げていった。これで日本の内需は縮小し,GDPも拡大せず,デフレに陥った。産業はますます海外に工場を移さざるを得なくなった。日本的な強い商品を捨てて,世界市場で価格の切り下げ競争に嵌り,培った技術力を捨て,産業を衰退させてしまった。海外に工場を移しても,海外での産業活動は日本のGDPには貢献しない。むしろ生産活動を海外に移したことにより国内の職場が無くなり,GDPは減っていった。こうした中で日本の半導体産業も崩壊してしまった。

 1985年ころの日本のGDPは世界の16%以上を占めていたが,今や6%以下になっている。日本のように,25年間もデフレが続き,GDPが伸びていない国は他にはない。これは日本政府が経済政策を誤ったためにもたらされたものである。国としてこれを反省しなければならない。

 このような日本の状態は,日本の半導体産業の世界シェアーの下落,日本のGDPの衰退,日本の総需要の下落,デフレギャップの拡大,労働者の実質賃金の下落,生産性の低下などの数字が証明している。

 アメリカも1981年ころからレーガンがグローバル化を進め,「半導体製造工場」を国内から消してしまい,今日のような状態にしてしまったが,しかし,「電子機器システム」の開発ではずっと世界をリードしてきた。アップル,エヌビディア,クアルコム,ブロードコム,デルコンピュータ,アマゾン,グーグル,フェイスブックなどのアメリカ企業が世界をリードし,そこで使う半導体商品もアメリカが半分以上のシェアーを持っている。

日本産業が次々と消えた

 こうした中で日本の基幹産業は次々と消えていった。かつて日本経済を牽引していた日本の基幹産業は衰退し,外国に売られ,産業が消えていっている。三洋電機,沖電気,シャープ,パナソニックは切り売りされ,NEC,富士通,日立製作所もいろいろの部門が売り飛ばされた。最近パナソニックはPSCS部門の貴重な「レーザー技術」を中国に売ってしまった。東芝は2017年に半導体フラッシュメモリー部門を切り分けて,キオクシアとして売却した。キオクシアの株の50%はファンドが持っているが,今アメリカのマイクロン,ウエスタンデジタルがキオクシアを買収したいと申し出ている。核融合技術,量子暗号技術,防衛機器技術などの先端技術を持っている東芝本体も今アメリカのファンドに売るような動きがある。そして日本の鉄鋼産業,造船産業,航空機産業も衰退し,原子力産業は解体された。製薬産業も衰退し,ワクチン開発競争から脱落してしまった。日本社会の「インフラ」もメンテナンスもしていない状態で,これから更にいろいろの災害が起こる。ルネサスエレクトロニクスの火災も設備老朽化でメンテナンスを怠ったために起きたものであると言われている。

 日本の半導体産業において最も深刻なことは,電子機器システム商品の技術開発人材を捨ててしまい,半導体製造エンジニアをリストラして切り捨てたことである。

 残っている,先端技術を持っている東芝とキオクシアを無くしてはならない。日本政府は東芝,キオクシアに金を入れて,日本の基幹産業として立て直すことをしなければならない。

 これまでの日本の動きを見ていると,日本政府の要人は日本の重要な産業を切り売りすることを進めてきたように見える。同時に産業のトップも自分の会社を良くしようとは考えないで,自分の給料,退職金をどう大きくしようかとしか考えなくなった。その結果日本は,安倍・菅内閣が推進してきた「インバウンドをあてにする観光立国」になってしまった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2159.html)

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