世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2152
世界経済評論IMPACT No.2152

アルゼンチン化する世界

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2021.05.17

 5年くらい前,「信認と政策の有効性:アルゼンチン化する日本」というコラムを書いた。「アルゼンチン化」という言葉は,あまり人口に膾炙した言葉じゃないかも知れない。「アルゼンチン化」という表現を分析的にきちんと定義するのは大変だが,筆者は,「国民が政府を信頼しない社会は,市場メカニズムもうまく機能せず,社会の安定も難しくなる」といったような意味で使っている。

 政治家は平気でウソをつく,肝心なことでも,難しい政策課題には取り組む度胸がない。その結果,難問は放置され,国民は政府への信頼を失う。結果,まともな政策を採っても,十全な効果が得られなくなる。

 オリンピック誘致の際,安倍前総理は,福島の原発事故は「アンダー・コントロール」と言った。何を以て「アンダー・コントロール」か,筆者には理解出来ないが,安倍晋三にとって,事態が酷くなっていなければ「アンダー・コントロール」なのかも知れない。でも,東京の7月8月が,「温暖でスポーツには理想的気候」というのは,どう見てもウソだろう。「温暖でスポーツには理想的気候」と言っておけばいいと,これを進言した人たちの顔が見たい。

 アメリカ下院共和党のリズ・チェイニー議員(ディック・チェイニー元副大統領の娘)は,トランプを批判し,下院共和党会議議長の職を5月12日,解任された。このことを報道するBBCニュースのタイトルは「うそを無視すれば,うそつきが勢いづく」とある。

 菅総理は,原発処理水は,安全基準に従って海に流すという。政治家なら福島の漁師たちにこれ以上負担をかけないことを考えるべきだ。安全なら,東京湾と大阪湾に流しましょう(そう主張している政党もある)。なんなら,秋田の海,山口の海に流すという手もある。

 赤坂太郎によれば,「菅総理は猜疑心が強く,自らの権力行使にこだわりがある」らしい(『文藝春秋』,2021年4月号,209頁)。権力は,「自分のため」でなく「国家百年の計」のために使いましょう。例えば,小泉純一郎が言うように,「原発ゼロ」と総理大臣が決断すれば出来るのです(『文藝春秋』,2021年4月号,113頁)。

 菅総理大臣は,緊急事態宣言延長決定の記者会見で,「人流(妙な日本語ですね)が減ったことは事実だ」と言い,記者に,「目的は達せられたのか」と訊かれて,再び,「人流が減ったことは事実じゃないでしょうか」と応えている。多くの人が感じているように,「目的」と「手段」を混同してるんじゃないか。政治家が権力を求めるのは当然だが,まともな政治家は,自分の考える政策実現のために権力を求める。あるジャーナリストは,菅首相は総理大臣になることが目的だとしか思えないと言っている。そうなら,目的と手段がごちゃごちゃでも,致し方ないか。

 塩野七生は,政府のトップが大学人のコンテから経済人のドラーギに代わったイタリアの今を一言で言えば,「多言不実行」から「無言実行」に変わったと書いている(『文藝春秋』,2021年5月号,92頁)。「多言不実行」は勘弁して欲しいが,政治家は「有言実行」でもいい。バイデン米大統領は,就任100日でコロナのワクチンを1億回接種すると言って,実際は2億回になった。

 アメリカでは,いまだにトランプ前大統領の人気が高いらしい。トランプは,いろいろ言うが,結局は「自分ファースト」。健全な中間層が元気になればいいとも思っていないだろうし,大企業優遇政策を採るが,労働者の所得が上がればいいとは思っていないだろう。共和党の議員も国のためより,「自分ファースト」。様々な分断が国を元気にすることはない。政治哲学のサンデル教授が言うように,日本もそうらしいが,アメリカでもアイビー・リーグのような有名大学に進学できるのは,所得水準の高い家庭の子女が多いらしい。受験勉強以外の基準でもって一定割合合格させるのはいいと思うが,アメリカでは,大学に多額の献金をすると献金者の子弟を合格させるケースもあるらしい。

 5月11日(火)の全国紙朝刊に掲載された宝島社の全面広告見ましたか(『日本経済新聞』だと,5月11日(火)の20面21面に見開きの全面広告)。「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戰えというのか。このままじゃ,政治に殺される」。

 今の菅総理大臣は,都合の悪い質問は,無視するかはぐらかせばいいと思っている様だ。4月のバイデン米大統領との共同記者会見で,「東京オリンピックは安全に開けると思うか」という質問は無視。帰国後国会でそのことを質問されると,バイデン大統領だけへの質問だと勘違いしたと答弁。去年の総裁選挙の時には何も言っていなかったのに,「ちゃんとした政策がない」との批判が出ると,脱炭素社会を目指すという。それに関連して,国会で原子力発電の割合を増やすのかと訊かれる,やはり誤魔化す。学術会議会員の任命拒否問題にも「話せることと話せないことがある」と言って答えない。外交交渉なら話せないこともあるだろう。でも学術会議会員の任命は内政だ。

 我々庶民も,「政治に殺され」ないよう,政府の言うことを,よーく聞くことにしよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2152.html)

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