世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2151
世界経済評論IMPACT No.2151

ASEAN中心性を具現したRCEP:RCEPは中国主導か

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2021.05.17

 RCEP(地域包括的経済連携協定)は「中国が主導したFTA」という見方はメディアで見受けられ,「中国が書いた」という見解を持つ専門家もいる。RCEPは中国が主導しているという見方は,交渉が開始された当初から主張されていた。中国が2010年にGDPで日本を抜き,南シナ海などで海洋進出を強めるなど経済と安全保障面で急速に台頭したこと,米国主導で交渉が進んでいたTPPに対し中国主導のRCEPという対立の構図が判りやすかったことなどが背景にあると思われる。

 RCEPに関する声明など公式文書から判明しているのはRCEPを提案し交渉を主導したのはASEANであるということである。ASEANは2012年6月の首脳会議で「地域包括的経済連携(RCEP)に関するASEANの枠組み」に合意し,RCEPの構想と交渉の原則を提示した。同構想はASEANのFTAパートナー(日中韓印豪ニュージーランド)と地域の包括的な経済連携協定をASEAN主導のメカニズムで設立することを決めており,次のような原則を掲げている。①包括的で互恵的な経済連携協定が目的で既存のASEAN+1FTAを改善,②ASEANのFTA相手国,その後その他の国が参加可能,③ASEAN加盟国への経済技術協力,④取引コスト低減のための貿易投資円滑化,⑤CLMV(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム)への特別かつ異なる待遇,⑥WTO整合性,などである。そして,ASEAN中心性と地域協力の推進力としてのASEANの積極的な役割の維持しながら交渉を進めるとしている。

 ASEANがRCEP構想を提案したのは,2010年のTPP交渉開始を受けてASEAN+3(日中韓)のEAFTA(東アジアFTA)を主張してきた中国とASEAN+6(日中韓印豪NZ)のCEPEA(東アジア包括的経済連携)を提唱して主導権争いをしてきた日中両国がEAFTA,CEPEAの区別なく東アジア広域FTAを進めることに合意し共同提案を行ったためである日中共同提案により,ASEANが東アジアの経済連携と協力を主導するというASEAN中心性を失うことを懸念したことが背景となっている。

 当時の状況について,インドネシアのイマン・パンバギョ氏(前インドネシア貿易省通商交渉局長)は,2011年1月にマリ・パンゲストゥ商業大臣と議論を行い,既存のASEAN+1FTAを統合し,ASEANを中心とした,地域の経済連携を作っていく構想を思いつき,これが「ASEANによる地域的な包括的経済連携の枠組み」の提案につながり,この提案はRCEP協定の基礎となったと語っている。また,CEPEAとEAFTAを選ぶのではなく,ASEAN自身が中心性・主導性を発揮して,CEPEAともEAFTAとも呼ばない形を目指すべきではないかと考えるに至ったと述べている(注1)。また,田中繁広経済産業審議官は,交渉立ち上げから署名までイマン・パンバギョ氏がASEANを代表して一貫して交渉の議長を務めるなど交渉の根幹にかかわる重要事項はASEANが握っており,RCEPはASEAN主導を体現した特別の取り組みであると指摘している(注2)。

原則となるASEAN中心性

 ASEAN中心性(ASEAN Centrality)は東アジアの地域協力や経済連携などでよく使われる概念であり,東アジアの地域協力やその枠組みでASEANが中心的な役割を果たすことを意味している。ASEAN中心性はASEAN憲章の第1条の目的と第2条で規定されており,ASEANの目的と原則となっている。また,ASEAN経済共同体では,FTAを含む対外経済関係でASEAN中心性を維持すると明記されている。ASEAN中心性には形式的中心性と実質的中心性2つの意味合いがある(注3)。ASEAN+3など会議を主催し会議の場を提供するという形式的中心性に対し,実質的中心性では協力の内容と方向性の調整や決定など内容面でイニシアティブを発揮することを意味する。

 RCEP交渉はASEAN加盟国が議長国となりASEANで開催されるなど形式的中心性を実現してきたが,実質的中心性は実現できたのだろうか。具体化の例として,「ASEANのRCEP枠組み」をベースに16か国で2012年8月に「RCEP交渉の基本指針および目的」に合意したことがあげられる。基本指針と目的では,ASEAN中心性が明記され,①WTO整合性,②既存のASEAN+1FTAより相当改善した深い約束,③特別かつ異なる待遇,とくにASEANの後発開発途上国への追加的柔軟性,④技術協力および能力開発など「ASEANのRCEP枠組み」を踏まえた8つの原則が決められた。

 次に締結されたRCEP協定が「ASEANのRCEP枠組み」と「RCEP交渉の基本指針および目的」に沿った内容となっていることがあげられる。RCEPの目的(第1条)は,「現代的な,包括的な,質の高い,及び互恵的な経済上の連携」を構築することであるとなっており,これは「基本指針と原則」のRCEPの目的を踏まえたものである。「現代的」とは既存のASEAN+1FTAの対象分野を越える新たな分野を対象とすることを意味しており,電子商取引などに取り組んでいる。「包括的」とは広範な分野を対象とすることを意味しており,RCEPは全20章の包括的FTAとなっている。「質の高い」とは既存のASEAN+1FTAを上回る自由化や円滑化を意味しており,サービス貿易や投資などで実現している。「互恵的」とはCLMV(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム)に対する柔軟なかつ異なる取り扱いを意味しており,貿易円滑化,サービス貿易,投資などで規定されている。

 RCEPの発効要件もASEAN中心性が具現化している。RCEPの発効は15か国の過半数の批准ではなく,ASEAN10か国のうち6か国と残り5カ国のうち3カ国の批准が必要となっている。米国の著名なアジアの経済連携の研究者は,RCEPはASEAN中心性の「最も具体的で野心的な事例」と評している(注4)。

 中国がRCEPを書いたという論拠として,①ISDS(投資家と国との間の紛争解決)が規定されていないことと,②電子商取引でソースコードの開示要求の禁止が含まれていないことがあげられている。ISDSは日中韓投資協定など中国の締結しているFTAや投資協定に含まれている。一方,豪州はISDSの見直しを行っており,米豪FTA,日豪FTAにはISDSは含まれず,TPPでも豪州の外国投資の承認の可否に関する決定はISDSの対象外となっている。ISDSが対象外となったことは豪州の要求の可能性がある。

 電子商取引では,「データ・ローカライゼーション(コンピューター関連設備を自国の領域内に設置する)を要求してはならない」,「データ・フリー・フロー(情報の電子的手段による越境移転)を妨げてはならない」が規定されたが,TPPで規定されている「ソースコードの開示要求の禁止」は規定されなかった。ソースコードの開示要求の禁止は,対話を行い発効後の見直しにおいて対話結果について考慮すると規定されている。中豪FTAや中韓FTAに電子商取引章があるが,中国がFTAで上記①と②の規定を認めたのは初めてである。「ソースコードの開示要求禁止」は中国がカンボジアとラオスを巻き込んで反対したと報じられている。そうした可能性はあるが,中国がRCEPを書いたという論拠にはならないだろう。

発効後も重要なASEAN中心性の堅持

 RCEPにおける中国の存在は極めて大きく,GDPでRCEP加盟国の55.4%,人口で61.2%,輸出で45.4%,輸入で55.4%を占めている。中国はRCEPの中で圧倒的な経済大国であり,中国の影響力が強まる可能性があることは否定できない。一方,中国のRCEP参加は2国間での交渉を選好する中国が自由化とルールで運営される多国間の枠組みのメンバーになったことを意味する。中国の行動にルールという枠をはめるためにRCEPを利用すべきである。そのためには,RCEPを運営していくRCEP合同委員会が重要となる。RCEP合同委員会はASEANとその他の国の共同議長により運営されるが,日本や豪州などが協力し実質的なASEAN中心性を維持していくことが必要である。

[注]
  • (1)METIジャーナル「交渉会合議長 イマン・パンバギョ氏が語る「産みの苦しみ」2021年3月30日。
  • (2)同「アジア経済統合15年史 そして未来へ」,2021年3月21日。
  • (3)庄司智孝(2017)「ASEANの「中心性」-域内・域外関係の視点から-」『防衛研究所紀要』,17(1)。
  • (4)Petri, A Peter and Michael G. Plummer (2014) “ASEAN Centrality and the ASEAN-US Economic Relationship”, Policy Studies 69, East-West Centre, Honolulu.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2151.html)

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