世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2146
世界経済評論IMPACT No.2146

バイデン演説に込められた法案成立への強い意欲

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2021.05.10

バイデン大統領の後ろに二人の女性議長

 選挙で選ばれた米国の新大統領は,選挙の翌年の2月末には両院合同会議で施政方針演説を行う。これがこれまでの慣例であった。しかし,バイデン大統領の演説は4月28日,オバマ,トランプ両大統領の演説から2ヵ月後,大統領就任100日目の前日に行われた。大統領就任が1月20日と定められた1937年以降では,最も遅れた施政方針演説ではなかろうか。

 就任2年目の大統領は1月末か2月初めには一般教書(年頭教書)演説を行うが,就任したばかりの大統領が行う施政方針演説も,形式は一般教書演説と同じである。演説は多くの国民が視聴できるようにプライムタイムの夜9時(東部標準時)から始まる。

 しかし,同じ夜9時から始まった今回は,新型コロナウイルス感染拡大のため,出席できる上下両院議員は200人に限定され,閣僚で出席したのはブリンケン国務長官とオースティン国防長官の2名,最高裁からはロバーツ長官のみ。演説で言及されるゲストの招待はなく,傍聴席にはファーストレディ(ジル)とセカンドジェントルマン(ハリス副大統領の夫エムホフ)だけだったという。いつもなら議場となる下院本会議場は満員となるが,今回は席の間隔は大きく空けられていた。しかも全員がマスクを付け,ワクチン接種済みか検査で陰性の証明を求められたという。

 もう一つ映像的にも印象深かったのは,演説する大統領のうしろの上院議長(副大統領が兼務)と下院議長の席に2人の女性が座ったことだ。バイデン大統領は演説の冒頭,二人に「マダム」と呼び掛けたが,二人は大統領継承順位で1番目と2番目である。二人の女性が大統領の後ろにいる風景は視聴者には新鮮で,新たな時代の到来を思わせたようだ。

米国を復興させ中国との競争に勝つ

 演説(注1)のポイントは,第1に成立したコロナ禍からの救済法計画法(American Rescue Plan)の意義を訴え,第2に第2次大戦後最大かつ一世代に1回という大規模インフラ投資を柱とする雇用計画法(American Jobs Plan),教育・チャイルドケアの強化,12週間の有給医療休暇,子供の税額控除拡大の4本柱から成る家族支援計画法(American Families Plan)の重要性を強調する(注2)。第3に,これら3計画の財源を生み出すために,トリクルダウン理論を明確に否定し,ボトムアップ・ミドルアウト(本コラムNo.2133参照)のために,富裕層と大企業に増税する税制改革の成立を議会に求めたことである(注3)。

 大統領演説の速記録をみると,上述の3ポイントで全体の63%を占め,このほかの米国内における人種間平等,銃規制,中米からの移民流入,投票権問題といった社会問題を加えると内政問題が全体の87%を占める。残りの僅か13%が,テロ,核拡散,大量移民,サイバーセキュリティ,気候変動,パンデミックに対する国際協力,インド太平洋問題,アフガニスタン撤兵といった外交問題である。

 外交問題に重点が置かれていない理由のひとつは,その中心を成す対中政策が現在も検討中であることにもよる。バイデン大統領の指示を受けて,国防省は2月10日対中政策検討のための作業部会(China Task Force)の設置を発表し,関係省庁の15人から成る作業部会の報告書が4ヵ月後(6月中旬?)に作成される予定である。報告書の内容は,大統領の命令によって国防省が作成中の在外米軍の再編計画(Global Posture Review)にも活用される。バイデン大統領は2月4日の国務省演説で「もはや外交政策と国内政策を明確に区分する境界線は存在しない」と述べた。施政方針演説で外交問題に関する時間が短かったとみるのではなく,国内の強化が外交の基盤となるとの大統領の認識をまず理解すべきであろう。

 65分間の短い部類に入るこの演説のもう一つの大きな特徴は,バイデン大統領が中国との競争を強く意識していることだ。「競争」という言葉が頻繁に登場し,競争相手は中国であることが何回も強調された。演説の中で国名としては中国が一番多く,5回も挙げられ,習国家主席の名前が3回も登場し,he とか him と言って習主席の言動が述べられている。この演説で国のリーダーとして名前が挙がったのは他にプーチン大統領の1回だけである。バイデン大統領は,演説の最後に「民主主義は耐性があり強いが,専制主義は未来を勝ち取ることができない」と強調した。演説中,中国には次のように言及している。

 「我々は21世紀を勝利するために中国およびその他の国々と競争中である」,「風力発電の羽根が北京で出来て,ピッツバーグでは出来ないという理由は全くない」,「中国およびその他の国は急速に我々に迫っている」,「私に当選の祝意を伝えてきた電話で,習首席とは2時間議論した。彼は,中国が世界で最も重要な国となることを希求し,民主主義国はコンセンサスを得るのが大変だから専制主義国には勝てないと考えている」,「私は習首席に,競争は望むが,紛争は望まないと述べた」,「米国がインド太平洋諸国と強い関係を維持するのは,(中国と)紛争を開始するためではない。紛争を防ぐためだと習首席に述べた」。

[注]
  • (1)筆者はニューヨーク・タイムズ電子版から実況中継を視聴し,速記録は同紙の掲載のものを使用した。なお,ホワイトハウスが発表した速記録はバイデン大統領が言い間違えた税控除対象の子供の年齢が星印を付けて訂正されている。
  • (2)ホワイトハウスのホームページを見ると,バイデン大統領のBuild Back Better(よりよく米国を再建する)計画は,このRescue,JobsおよびFamiliesの3計画で構成されていることが明示され,順に「成立済み」(passed),「審議中」(in progress),「提案済み」(introduced)と各計画の現状が示されている。
  • (3)バイデン大統領は演説で米国の世帯の85%に1,400ドルの小切手が送られたと述べた。筆者は同時期に米国に赴任していた日本の商社マンなどから,最近1,400ドルの小切手を受け取ったと聞いた。筆者は米国では納税義務がなかったので小切手を受け取る恩恵に浴することはないが,なぜ数年前に帰国している日本人にも小切手が送られるのだろうか,不思議だ。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2146.html)

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