世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
洋上風力4500万kW,8~9円/kWhは可能か:デンマーク・オルステッド社との対話
(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)
2021.04.12
昨年の10月,菅義偉首相は就任後最初の所信表明演説で,2050年までに国内の温室効果ガス排出量を「実質ゼロ」にする方針を打ち出した。この「カーボンニュートラル2050宣言」は,国内外で,サプライズとともに共感を呼んだ。
この方針を実行に移すために政府は,昨年12月には,「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(グリーン成長戦略)を策定・発表した。そこで重点施策として具体的な数値目標を掲げたのは,①洋上風力発電を2040年までに最大で4500万kW導入し,その発電コストを2030~35年に8~9円/kWhへ低減する,②アンモニアを燃料とする「カーボンフリー火力発電」を普及させ,2050年までに1億トン規模のアンモニアサプライチェーンを日本がコントロールできるようにする,③2050年には水素の導入量を2000万トンにまで拡大し,水素コストを20円/N㎥以下にする,④2030年代半ばまでに乗用車新車販売で電動車(EV)の比率を100%にする,などの諸点であった。
なかでも洋上風力発電は,グリーン成長戦略が示した「重点14分野」の筆頭に挙げられ,特別の位置づけが与えられた。それでは①の洋上風力4500万kW,8~9円/kWhは,はたして実現可能なのだろうか。
この問いに答えを見つけようとしたとき思い出したのが,2018年8月にデンマークのコペンハーゲンでオルステッド(Ørsted)社のスタッフと交わした対話の内容だ。オルステッドの社名は,2017年まではDONGだった。Dはデンマーク,Oは石油,NGは天然ガスを意味する単語を連ねた社名だったが,事業ドメインを洋上風力発電中心へ大胆に転換したことを受けて,19世紀のデンマークの著名な物理学者ハンス・クリスティアン・オルステッドにちなむ現社名に変更したのだ(東京電力や東京ガスが「平賀源内」に社名変更したようなイメージである)。オルステッドは,現在では,洋上風力発電事業の世界最大手となっている。
オルステッドのスタッフは,3年前の時点ですでに日本の事情をよく調べていて,「なぜ日本はもっと積極的に洋上風力発電を進めないのか」と力説した。それに対して筆者は,わが国には4つのボトルネックがあると彼らに反問した。それは,⑴風況が悪い,⑵送電線建設の担い手がいない,⑶漁業補償が高い,⑷遠浅な海岸が少ない,という4点である。
⑴は,地球は自転しており偏西風が常時吹くから西側が海の西欧諸国では「良い風」が得られるが,西側に大陸がある日本では条件が悪いのではないかという懸念を表明したものだった。これに対して,オルステッドのスタッフは,日本の西側には十分広い海(日本海や東シナ海)があるし,東海岸でも経済的に事業が成り立つ地域があると主張した。現にオルステッドは2020年には,「東海岸」に当たる千葉県・銚子沖での洋上風力発電事業に投資することを決めた。
⑵について彼らは,筆者の反問の意味がわからない様子だった。もし,日本政府の目標どおり2030~35年に洋上風力の発電コストが8~9円/kWhに下がれば,原子力や石炭火力とも十分に競い合うことができるようになる。しかも,原子力や石炭火力の場合とは対照的に,洋上風力には高い意味的価値がある。2030年代になればむしろ再生可能エネルギー電源の取り合いのような状況が生まれる可能性があり,電力会社をはじめいくつかの有力企業が送電線建設にコミットすることになろうというのが,オルステッドのスタッフの見解であった。
⑶に関して彼らは,事業のオーナーシップのあり方を工夫することが重要だと指摘した。デンマークでも,風力発電が始まった当初には,住民の反対運動がしばしば生じたという。しかし,住民が風力発電事業に出資主体として参加する「市民風車」方式を導入したところ,状況は一変したそうだ。オルステッドのスタッフの経験談を聞いて,漁業従事者の参画を得て「漁民風車」を作ることが有意義であると感じた。
ただし⑷だけは,さすがのオルステッドのスタッフも,「お手上げ」とのことだった。
遠浅の海岸が少ないという事実は,浮体式風力発電に比べてコストが安い着床式風力発電の適地が限定されることを意味する。遠浅の海岸の少なさは,太陽光発電事業における適地面積の狭さとともに,日本の再エネ発電事業にとって克服しがたい地理的制約だと言える。したがって,わが国における再エネ電源の構成比の上昇や発電コストの低下がデンマークの水準にまで達することはないだろう。しかし,オルステッドのスタッフとの対話の内容を想起すれば,「洋上風力発電を2040年までに最大で4500万kW導入し,その発電コストを2030~35年に8~9円/kWhへ低減する」ことは,必ずしも不可能でないような気がする。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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