世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2107
世界経済評論IMPACT No.2107

菅首相のイノベーション

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2021.04.05

菅首相の所信表明

 10月26日第203回国会で菅首相が所信表明演説をした。新型コロナウイルス対策から始まり,いろいろの経済政策を進めて,「国民の命と健康を守り,日本経済の新たな成長に向かって全力を尽くす」という決意を菅首相は表明した。特に「国民のために働く内閣として改革を実現し,新しい時代をつくり上げてまいります」と言った。是非国民が望むような日本経済社会にしていただきたいと思う。

 その所信表明のなかで菅首相は,10項目以上の「デジタル化によるハンコの廃止」,「マイナンバーカードの普及」,「テレワーク,ワーケーションの推進」,「IT端末を小中学生に支給する」などのこまごまとした政策に加えて,「グリーン社会の実現」を宣言した。日本はこれまで「地球温暖化問題」については後ろ向きの態度をとってきた。菅首相が,退路を絶ち,国として「温室効果ガス・実質ゼロ」を実現すると宣言したことは大変素晴らしいことである。

 「我が国は,2050年までに,温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする,すなわち2050年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指すことを,ここに宣言いたします。もはや,温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが,産業構造や経済社会の変革をもたらし,大きな成長につながるという発想の転換が必要です。鍵となるのは,次世代型太陽電池,カーボンリサイクルをはじめとした,革新的なイノベーションです」と菅首相は宣言した。

 ここ30年の日本の首相の所信表明では,菅首相のこの「グリーン社会の実現」というような大きな政策の表明はなかった。そしてこの政策は菅首相が並べた他の多くの政策とは全く異質のものである。

 噂によると,菅首相のこの「温室効果ガス・ゼロ化」は,COP25(国連気候変動枠組み条約締約国会議)で国際社会から叩かれた小泉環境相に「ヨーロッパ諸国は既に温室効果ガス・実質ゼロ化に動き出しているので,これに乗り遅れないようにすべきだ。さもないと国際的な非難を受ける」と言われて動いたようである。しかしその経緯はどうであれ,「温室効果ガス・実質ゼロ化」を成し遂げるという菅首相の決意は大変立派なものである。とにかくこれで日本は「温室効果ガス・実質ゼロ化」の「最終バス」に乗り込めたようだ。早速,菅内閣は10月30日に「地球温暖化対策推進本部」を開いた。菅首相は具体的な排出削減策を検討するよう各閣僚に指示し,地方自治体への展開も進めることを決めた。

 しかしその後の政府の動きを見ても,菅首相が,退路を絶ち,「温室効果ガス・実質ゼロ」を本当に実現しようとする覚悟があまり見えてこない。

これまでの日本の温室効果ガス・実質ゼロに対する取り組み

 1997年京都で開催された国際気候変動枠組条約第3回締約会議で「京都議定書」が採択された。しかしアメリカや中国その他の多くの国はこの議定書に参加しなかった。アメリカは明確に「温室効果ガス削減は経済にネガティブは影響がある」と言って参加を拒否した。中国やインドなどの国はまだ発展途上国という理由でそれには参加しなかった。しかしEU諸国は真剣にこれに取り組んだ。日本は,口では温室効果ガス削減は必要で,その対策に取り組むと言ったが,実際にはやらなかった。国会ではろくな議論もしないで議定書に批准してしまった。「計画書は作り,議論は少ししたが,実行はしなかった」と霞が関の人々も言っている。特に産業界,日本経団連はアメリカと同じ理由を上げて協力しなかった。この状況は現在まで続いた。2019年12月スペインでのCOP25で小泉環境大臣,梶山経済産業大臣が日本の取り組みをスピーチしたが,これに対して「日本は無策だ」と集中砲火を浴びたようで,環境保護団体から日本は温室効果ガス削減に取り組んでいない国として「化石賞」を送られた。

 温室効果ガスは社会のあらゆるところから排出されており,これを国全体として削減するのは簡単なことではない。しかもその削減にはコストがかかり,経済にネガティブなインパクトをもたらすので,誰もやりたがらない。日本の鉄鋼業界などは菅首相の宣言に対して「唐突感があり過ぎる」という声の不協和音がでている。欧州の鉄鋼大手のアルセロール・ミタルはエネルギーを変え温室効果ガス・ゼロにする製鉄設備にするには25兆円の投資が必要だと言っている。

 しかしこの「温室効果ガス・実質ゼロ」は「実現できそうな細かな施策を多く並べて,とにかくそれを実行せよ」というこれまでの菅流儀では達成できない。整合性の取れた綿密な全体の基本計画を作り,それを強力に実行しなければ,抜け道ができて,「合成の誤謬」を起こすことになる。

 10年ぐらい前までは,特にアメリカの多くの人は,地球自体に温暖化ガスの対する許容能力があり,地球の自転軸の傾きによる寒冷期と温暖期を2万年のスケールでサイクル的に繰り返すので,地球温暖化は問題ではない考えていた。しかし最近の温暖化と世界各地の異常気象はそのサイクル説では説明できなくなった。いろいろの調査により,約200年前,地球の二酸化炭素濃度は約280ppmであったが,2013年には約400ppmまで増加し,それにより1880年から2012年にかけて世界の平均気温は0.85℃上昇したということが報告されている。しかも二酸化炭素ガス以外の二酸化窒素ガスなどの「有害な大気汚染」が人類に健康被害をもたらしており,世界的に「健康寿命」が退化していることが明らかになった。「地球温暖化」だけではなく「大気汚染」も無くそうとする動きがでているのである。

 2050年に温室効果ガス・ゼロにするという政策を掲げている国は120か国に上る。イギリス,フランス,ドイツ,スウェーデンなどは「実質ゼロ」を法制化しており,EUも「欧州グリーンディール」を宣言している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2107.html)

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