世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2097
世界経済評論IMPACT No.2097

ピボット(事業転換)戦略でコロナ禍を制す:海外の日本人起業家

佐脇英志

(都留文科大学 教授)

2021.03.29

 本稿は,本欄2020年9月7日発信の「コロナ禍と戦う世界の日本人起業家達:ピボットで活路を見出す!」の続編である。英米中豪等の国々で活路を見出している日本人起業家5人にZoomを駆使してインタビューを試みた。

 新型コロナウイルスの影響で,経営資源の薄い創業間もないベンチャー企業が苦境に立たされている。そして,海外の日本人起業家は,本国の支援金も貰えず,主要販売先を日本人や外国人に依存するケースが多く,さらに厳しい状況にさらされている。そんな中,試行錯誤の末,ピボット(事業転換)をして,苦境を乗り切る日本人起業家がいた。

 英国ケンブリッジDojima Sake Brewery社の橋本清美CEOは,配偶者とともに,英国歴史建造物で15万円の清酒の醸造販売を営んでいる。世界の富裕層に選んでもらえるお酒として,2018年に「堂島」「懸橋」をローンチした。

 ところが,2020年3月コロナでイギリスがロックダウンとなった。日本庭園,イギリス庭園,レストラン,イベントホール,神社(酒の神様松尾大社)等が出来上がり,最終ラグジュアリーブランディングを進めるところで,絶望した。試行錯誤の末,オンラインとオフラインのハイブリッドで行う事を決定,即,舵を切った。VRを使って,宮殿と庭園の雰囲気を楽しみながら,最高級の清酒を味わってもらった。さらに,比較的感染率の低い日本人のイメージから,日本食,日本酒を健康食のイメージで売り出し,ラボ的なイベントも行っている。

 中国深圳JENESIS社の藤岡淳一社長は,EMS(electronics manufacturing serviceの略,電子機器の受託生産を行うサービス)による電子デバイスの生産受託で,IoT機器製造等を行っている。

 12月中国武漢で新型コロナが発見され,1月には武漢が都市封鎖となった。1月の春節で帰郷していた従業員は,旧正月が終わってもほとんど帰らず,300人中戻ったのは30人であった。人の調達と部品調達に苦慮した。現状を打開するために手掛けたのはスタートアップ案件,POC(概念実証),実証実験など,量産にならない仕事を未来の案件として積極的に増やした。さらに,華南の製造サプライチェーンの先細りを見通して,金型工場と樹脂成型工場を立ち上げ,内製化した。

 USAハワイSannaka-WEST LLC社の中山盛智社長は,ハワイでショールームを持ち,日本で作った日本家具の輸入販売を行っている。

 2020年3月,コロナ禍で,ハワイ州は完全にロックダウンとなり,ワイキキはゴーストタウンとなった。ショールームを閉鎖,スタッフは日本本社へ帰国,日本からの新規店舗の出店や改装は全て中止となり,売上が全く立たない状態になった。

 そこで,新規事業として日本スタイルのお風呂,多機能なシステムキッチンなどハワイには無い商材の提案を始めた。さらに,顧客宛提案方法も,3Dパース,AR,VRと最先端のツールを使いプレゼンを始めた。現地にいなくても専用のアプリで室内を自由に見て回れ,今後移住する潜在顧客との接点となった。現在は,快適な生活空間をデザイン,施工してほしいとの連絡が後を絶たない状態となっている。

 メキシコ,グアナファトEncounter Japan社の西側赳史社長は,2018年に現地で日本居酒屋ゴエンを設立し,日本人とローカル半々の顧客を得ていた。

 2020年3月30日,メキシコで国家非常事態宣言が発令され,自動車工場も停止した。デリバリーで,活路を模索するも,黒字回復しない。10月にJETROの援助で,メキシコ3都市の日本食を取り上げてYouTubeで大々的に広告した結果,大きく流れが変わった。同10月Delica Mitsuという惣菜屋をM&Aして,アメリカ人,カナダ人などの高齢者がリタイアして大勢住む地区の巣篭りデリバリー需要を発掘した。結果,売り上げが回復し,2021年1月には,2倍となった。

 豪州ゴールドコーストGOLD GRAVITY JAPAN社の冨永琢也CEOは,日本人ゴルフ観光客に対して,ゴルフスイング専用の特殊なオーダーメイドインソールを販売していた。

 コロナの影響で一切の観光客の入国が禁止され,収益の柱を失った。そこで,試行錯誤の末,インターネットを使うことで対面での計測を必要としない方法を用いたインソール作製技術の開発に成功し,オンラインのオーダーメイドインソールの販売を始めた。大きく世界に舵を切って,世界中場所を選ばず,健康問題解決やスポーツのパフォーマンス向上に尽力している。

 恐竜のように肥大化かつ硬直化した日本の大企業の組織では,今までの成功モデルを捨て,ピボット(事業転換)するという決断はなかなかできない。アクセンチュアの調査結果によれば,新規事業を阻害する一番の原因は既存事業の寿命の不透明さと指摘している。つまり,コロナで機能しなくなった事業が,コロナ後に以前と同じように復活するという幻想のためピボットを起こせないということである。また,英ロンドンビジネススクールのマルキデス教授は,既存企業が劣勢な理由として,①既存の「成功の方程式」を捨てることへの抵抗,②保守性と現在の収益源に対する執着,③過去の業務プロセス,慣行,価値観に対する固執と思い込み等を挙げている。まさに,コロナ禍にあって,ピボット(事業転換)等の大胆な戦略を実行できない日本の大企業の状況である。

 海外に飛び出していった日本人起業家の試行錯誤のピボットを参考に,コロナ禍を制したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2097.html)

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