世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2093
世界経済評論IMPACT No.2093

ドイツとヴィシェグラード諸国との経済関係

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2021.03.29

 体制転換後,1991年2月に中欧の3ヵ国,すなわちポーランド,ハンガリー,チェコスロヴァキアの大統領がハンガリーの地方都市ヴィシェグラードで会談し,EU(当時はEC)加盟の準備において協力し合うことで合意した。以来,これら3ヵ国はヴィシェグラード諸国と呼ばれるようになった。1993年1月にチェコとスロヴァキアは平和的に分離し,独立したので,ヴィシェグラード諸国は4ヵ国で構成されることになった(これらの国々はV4と呼ばれることもある)。

 これらの国々は1991年12月にそれぞれECと欧州協定を締結した。これは一種の連合協定であり,それによりV4は準加盟国の地位を得ることになる。欧州協定は貿易政策の分野だけでなく政治や文化の分野に関する条項も含み,全加盟国が批准しなければ発効しないものであった。しかし,それの貿易政策に関する部分は欧州委員会の管轄下にあったので,暫定協定という形で直ちに発効した。V4は関税率を10年かけて段階的に引き下げ,最終的にゼロにするのに対して,EU加盟国は直ちに関税率をゼロにするものであり,前者に有利な内容となっていた。そのおかげで,V4とEU加盟国との間の貿易は急速に拡大した。

 体制転換以前は,中東欧諸国には外国直接投資(FDI)は行われなかった。EU加盟国にとって有利に働いたのは委託加工貿易であった。EU加盟国の企業が半製品をV4の下請け企業に輸出し,下請け企業がそれを加工し,完成品(またはより精巧な半製品)を発注企業に輸出(発注企業から見ると再輸入)する。その際,もし通常の貿易と区別することなく行きと帰りの2回も関税がかかるのであれば,発注企業にとってはほとんどうまみがない。しかし,EU加盟国由来の財への二重課税を避けるため,外国の下請け企業によって生み出された付加価値に対してのみ課税するという優遇措置が1986年以来とられていたので委託加工貿易が活発化した。EU加盟国の中で最も積極的であったドイツは早くも1989年の体制転換以前に中欧諸国の企業と委託加工貿易を始めていた。

 この種の貿易が最も盛んであった分野は織物・衣服であり,次いで自動車,機械,家具,履物であった。委託加工貿易が最も盛んであった1996年には,すべての分野を合計すると,V4との委託加工貿易は43.4億ユーロであった。そのうちドイツは29.6億万ユーロであった。次いでオーストリア(3.2億ユーロ),イタリア(2.9億ユーロ),オランダ(2.8億ユーロ),デンマーク(1.9億ユーロ),フランス(1.1億ユーロ)であった。このように,フランスやイタリアはこの分野では立ち遅れていた。

 委託加工貿易は過渡的なものであった。たとえば,自動車組み立ての分野では,委託加工貿易を進めるうちに,工場は人的資本に投資する必要に直面した。V4における工場では安価な労働力を用いるだけでは十分ではなかった。工場内部の組織を再編することができるような引退したマネージャーさえ募集した。つまり,作業マニュアルに書くことができる形式知では不十分になり,それゆえ,マネージャーたちが職場での長年の経験で獲得した暗黙知の移転が必要になったのである。また,取引費用の問題もあった。委託加工を引き受ける下請け企業の数が増えるにつれて,ドイツの基準を満たす製品を期限内に引き渡すことのできるような企業を探すのに時間がかかり,取引費用が高まった。こうして,1990年代後半には委託加工貿易に代わって,外国直接投資(FDI)が協力の主要な形態となった。FDIでもドイツがV4諸国に最も多く投資してきた。

 ドゥストマンらの研究によると,製造業における付加価値は最終製品の価値のおおよそ3分の1にすぎない。残りは国内の他のセクターからのインプットと輸入されたインプットである。ドイツは他の国々よりもはるかに多く,外国から輸入されるインプットを用いた。2000年の数字であるが,V4から輸入したインプットはイタリアの場合,対GDP比で2.5%,フランスの場合1.9%であったのに対して,ドイツの場合約8.5%であった。このことがドイツの競争力向上に寄与したという。

 ポプラフスキーによると,V4に対して行われたEU結束基金からの投資の最大の受益者はドイツである。資金のかなりの部分はインフラ整備に使われ,ドイツと中東欧の物品の輸送をたやすくした。良好な交通網を必要としていたドイツ自動車業界にとって,それは決定的なことであったという。

 このように,ドイツはV4の魅力,すなわち地理的な近接と文化的な類似性ならびに比較的安価であるにもかかわらず比較的高い技術レベルと教育レベルをもつ労働力をうまく利用してきた。それはまた,体制転換後,「ヨーロッパへの復帰」をはたし,経済の立て直しと発展を目指すV4の利益にもかなうものであった。

 V4諸国との委託加工貿易とFDIはドイツ国内の労使関係にも影響を与えた。生産の場を外国に移す可能性を得たので,経営者の立場はより強くなった。そして賃金の分権的な決定ならびに労働組合の組織率の低下は賃金レベルの相対的な低下をもたらした。すべてこうしたことは,ドイツの労働者の利益を犠牲にしてドイツ経済の競争力を強めることに役立った。

 V4の経済はドイツの経済発展を支えてきたが,同時に,ドイツ企業とのそのような形での協力のおかげで,V4は「EU市場でのドイツ製品の工場」(ポプラフスキー)になった。だが,これらの国々はそのような立場に甘んじるべきではない。ドイツ企業のブランド名でV4から製品を販売することは,自分自身の強力で,グローバル規模で認識できるブランドを生み出すことに役立たないのであり,このままでは,「中所得国の罠」に陥る危険性が残る,とポプラフスキーは指摘している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2093.html)

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