世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イスラーム金融とESG:コロナ禍を受け「社会」要素を中心に進展が加速
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2021.03.22
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の浸透を背景に,環境・社会・ガバナンス(ESG)を意識したイスラーム債(スクーク)の発行が伸びている。特に,環境(E)に配慮したプロジェクトに資金を集めることを目的とする「グリーンスクーク」は,起債が近年急速に増加している。グリーンスクークは,2017年から発行実績があったが,サウジアラビアのイスラーム開発銀行(IsDB)が2019年11月と2020年6月にそれぞれ10億ユーロ相当,15億米ドル相当を起債したことで市場全体にはずみがついた。
グリーンスクークの発行額自体は,2019年中の全世界における発行額が約2,710億米ドルに達する通常の(コンベンショナルな)グリーンボンドに比べると,同35億米ドルとまだ少ない。しかも,2020年は,Covid-19感染拡大による市場環境の悪化を受け,春先に減速した。それでも,イスラーム教発祥の地である中東湾岸地域に限らず,ムスリム/ムスリマが多い東南アジアの国々を含め,世界各地で関心が高まっている。
マレーシアは,世界最初のグリーンスクークの発行を含め,新規性のある多様なイスラーム金融商品を市場に投入することで存在感を示してきた。証券規制当局がグリーンスクークの基準を設定するなど,ルール策定面も進んでいる。イスラーム金融にかかる国際機関であるイスラーム金融サービス理事会(IFSB)は,首都クアラルンプールに所在している。インドネシアは,世界で最初にグリーンソブリンスクークを発行した。2億人を超える世界最大のムスリム人口を擁する同国の動向は,イスラーム金融の方向性を大きく左右する。
改めて書くまでもないが,イスラーム金融とは,イスラーム教に則った金融サービスのことである。イスラーム教では,コーラン(聖典),ハディース(預言者ムハンマドの言行集)などに示されているシャリーア(イスラーム法)に準拠していることをハラール,逆に準拠していないことをハラームという。このため,イスラーム金融では,実業や公平を重視する観点から,リバー(利子),マイシル(投機<賭け>)などをハラーム(シャリーア不適格)と捉える。その一方で,ザカート(喜捨)やワクフ(寄進)が慫慂される。
環境保護は比較的新しい課題であることもあって,7世紀頃に編纂されたコーランの中に気候変動問題等への対応と直接結びつくような記載は少ない。ただ,仔細にみると,「地球の上を傲慢に歩いてはならない。お前は地球を割ることも,山の威容と張り合うこともできないのだから」や「アダムの子供達よ,飲め,食べよ!しかし,浪費してはならない。アッラーは浪費家をお好きではないのだから」のように,今日の持続可能性(サステナビリティ)の発想に通じるものがある。
サステナブルファイナンスが世界的に盛り上がりを見せる中,イスラームの教義に忠実でありたいと考える信者を中心に,グリーンスクークへのニーズが高まっていると思われる。世銀は,公平性,平等および倫理を通じて持続的な発展を促進しようとする点で,イスラーム金融とサステナブルファイナンスは共通している,との見方を示している。
コンベンショナルな金融におけるサステナブルファイナンスとイスラーム金融におけるサステナブルファイナンスの違いは現時点では明確ではない。ただ,コンベンショナルな金融におけるサステナブルファイナンスは,少なくとも長期的にはESG投資のパフォーマンスはESGに反する投資のそれを上回る筈,という経済合理的な期待をベースにしている。これに対して,イスラーム金融におけるサステナブルファイナンスは,宗教的な動機に裏付けられているという事情もあり,必ずしも収益性を明確に意識してはいない。
そもそもSDGsやESGの議論が,欧州発で展開してきたことを考えれば,異なる地理・文化・歴史的な条件下にある多くのイスラーム教国との間で多少の温度差が生じることは避け難いであろう。国連による2020年版SDGs報告書によれば,特に気候変動対応(第13の目標)について,イスラーム教国には全体的に低い順位が付けられている。
もっとも,ESGを要素毎にみた場合,社会(S)の要素とイスラーム教は相対的に親和性が高いと考えられる。コロナ危機により社会的弱者がより窮地に立たされているとの見方が世界的に強まっている中,格差の是正はこれまでにも増して重要な課題となっている。
グリーンボンドがグリーンスクークとしてイスラーム金融に取り込まれているように,コンベンショナルな金融におけるソーシャルボンドも「ソーシャルスクーク」としてイスラーム金融に取り込まれている。ソーシャルスクークの第一号は,途上国の子供達に予防接種を受けさせる目的で世銀が2014年に発行したワクチンスクークと言われている。ESGの議論が活発化する以前から,社会的責任投資(SRI)の高まりを受けて,ソーシャルスクークの発行は始まっていた。
ソーシャルスクークよりも投資性の高い「ソーシャルインパクトスクーク」というイスラーム債も発行されている。ソーシャルインパクトスクークは,投資対象が目的を達成できたか否かに応じて元本割れが起きうるという点で,株式に近い性質を持つ。自らの資金が実際に期待された結果(すなわち社会的なインパクト)を生み出しているか否かを重視する投資家から支持されている。
さらに,グリーンスクークとソーシャルスクーク双方の目的を帯びた「サステナビリティスクーク」という金融商品も存在する。2019年10月,マレーシアで太陽光発電施設の建設のために初めてサステナビリティスクークが発行された。同スクークは,温暖化効果ガスの排出量削減という環境目的のみならず,地場農家の耕作地を保全するという社会目的も帯びている。
イスラーム金融におけるESGの更なる拡大に向けた当面の課題として,3点ほど挙げられるのではないだろうか。
第一に,対象資産の拡大である。グリーンスクークは,CICEROというノルウェーの調査機関により認定されたセクターのみが発行できることになっている。この結果,現状では,再生可能エネルギーなど一部のセクターに起債が集中している。認定セクターが拡大しなければ,いずれ発行が先細る懸念もある。廃棄物処理,省エネ建築,植林等,より広範な環境保護プロジェクトへの適用が検討に値しよう。
第二に,流通市場の振興である。投資家層が拡大すれば,市場での売買が活発化するとともに,リスク分散も図られるようになる。もっとも,この課題は流動性不足(スクーク不足)が主な原因と考えられるため,上述した対象資産の拡大を通じて改善に向かう可能性がある。
第三に,グリーンスクークなどESG関連商品に対する信頼確保である。ESGやSDGsはある種のブームとなっているため,「グリーン~」などと銘打ちつつ実際には環境問題や社会問題への対処に繋がらないプロジェクトや活動に投資する商品も生まれている。こうした紛い物(green-washed products)は,グリーンスクークなどへの全般的な不信を生み出し,ひいてはグリーンスクーク市場等の縮小をもたらしかねない。この対策として,シャリーア適格でかつグリーンやソーシャルな活動を特定するための分類システム(タクソノミー)の構築が有用であろう。
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